その男
「おっはよー!」
「..................」
剣崎くんを見かけたので挨拶をするが、無視される。不幸だー。いや違うか。
「む。もしかして俺に言ったのか......」
「ほかに誰がいるのよ」
非難するような目つきで見つめてみる。すると、彼はたじろいで、後ろに徐々に後ずさる。だがその眉間の皺と、への字の口はあいも変わらずそのままだ。あまり感情が表に出ない性格なのだろう。だが、なんとなく困っているのはわかる。
「こら、剣崎くんを困らせるなよ」
「あてっ」
後ろから突然、頭に軽くチョップを食らう。弘樹もいま登校したようだ。
「あ、おはよう。弘樹」
「はい、おはよう。宿題やった?」
あ.........。
言葉の意味を理解できず、固まるわたし。え? シュクダイ? なにそれおいしそう。
「......不幸だ」
「いや、それはお前の自業自得だろう」
きっ!と睨みつける。ただの八つ当たりだ。だが、剣崎くんはふっと笑い、余裕の表情を見せる。うぬぬ......やりおる。
「睨みあってないで、宿題しようか......」
放課後、わたしは部活をせずにまっすぐ帰る。きちんと部員だが、今は訳あってしばらく休養をもらっている。校門を出てすぐ、見知った背中を見つけた。小走りで近づき、彼の背中を叩く。
「よ!なにしてんの」
「ん。ああ、柏木か」
彼は歩道に立っている木の、上の方を指差す。その先には子猫が助けを求めんばかりに鳴いていた。
「助けないの?」
「そうしたいのだが......」
今度は下をチラと一瞥する。そこには親猫だろうか、毛を逆立たせ、体をめいっぱいに広げてこちらを威嚇する猫の姿。
「近づけないわけね」
「そうだ。どうしようか......」
なにも考えずにてくてくと親猫に近づき、しゃがんで見つめてみる。はじめは警戒していたが、それも次第に解けていった。手を伸ばして頭を撫でる。嬉しそうにゴロゴロ喉を鳴らす。
なにこのかわいい生き物。天使ですか? いいえ猫でした。
「終わったぞ」
え! いつのまに!?
猫と戯れているうちに、いつのまにか剣崎くんが子猫を無事に回収したようだ。