【前回の記事を読む】【小説】「君だけだよ、最後まで彼女に惚れていたのは」
ハレンチの敵
「別に私が誰に惚れていようが、ハツには関係ない」
それはそうだな、とハツは肯く。そしてそう言えば、と風太に聞いた。
「君は卒業間際まで南雲さんの真理を研究して、裏卒業論文としてまとめてやると豪語していたではないか。あの論文はどうなったのだ?」
悔しくも風太は言葉に詰まった。実際、風太の研究に余念はなかった。しかし全くもって南雲さん研究は進まなかったのである。何故彼女は赤色が好きなのか、何故彼女は人間に興味を示さないのか、何故彼女はあんなにもハレンチを忌み嫌うのか、何故彼女は人類の敵なのか、それらすべては謎のままであった。
論文は論文の形を保てず、さらには空論と化すこともできずに机上からすら崩れ落ちて行った。無言で缶チューハイをなめる風太にハツが言う。
「よくよく考えれば、彼女は初めから謎として我々の前に現れたではないか」
先輩曰くサークルが始まって以来初めての衝撃であったらしい。新入生である風太でさえも驚いたのだから、先輩方の驚きの叫びは東京タワーのてっぺんに到達したに違いない。
南雲さんはサークル創設以来、初めての女子であり、しかもトビッキリの美人であったのだ。誰もがその美しさに目を眩ませ恋の魔法にかかり、頭の中で彼女との二重螺旋構造を作り上げた。しかし男どもの頭には次々と同じ疑問が沸々と湧いてきた。
「何故この子は数あるサークルの中からこのサークルを選んだのだろう」
何しろ風太やハツが入ったサークルは「極悪研究会」といういかにもオカルトじみた組織である。そこに紅一点として南雲さんはやって来たのだ。どう考えてもオカシイ。彼女は何か企んでいるのではないか、「彼女は謎だ!」と誰もがそうやって彼女を警戒した。
しかし男どもは飛んで火に入る夏の虫の如く、警戒しつつもなお、誰よりも先に彼女の好意を勝ち取ろうと躍起になった。
ここに来て一つの疑問が浮かぶかもしれない。ハレンチ嫌いの南雲さんに男どもが躍起になって詰め寄った場合、彼女の吹雪で全員氷漬けにされてサークルが崩壊するのではないかと。しかし安心してくれ、風太らにとって躍起になるというのは、彼女の落とした消しゴムを拾う程度のことだ。
言い寄ってデートに誘うだなんてことは誰にも成し得ない領域である。何しろ先輩方を含め風太ら男どもには女子に対する免疫があまりにも無さ過ぎた。結果、幸運にも南雲さんのハレンチセンサーに触れた者はいなかったのである。
そして南雲さんは南雲さんで、ただ流れる時に身を任せるようにちょくちょくサークルに顔を出しつつ、大学生活を送っていた。彼女が何の目的でこのサークルに入ったかは、ついぞ誰にもわからぬままであった。
「だがたとえ南雲さんが謎に包まれた人類の敵だとしても、私は彼女の味方だ」
風太は缶チューハイの残りを一気に空けてそう言った。
「ふはっ、勝手にせい。君という奴は結局いつもそこに落ち着く」
ハツが笑うと、バチンッと風太のおでこに電気が走った。風太は酔う前に酔いを醒まされ、トボトボと自宅のアパートに帰るのであった。九官鳥が腹を空かせているに違いない。次の日の夜、南雲さんは一人コンビニで雑誌を読んでいた。
特に面白そうにしているわけではないのだが、ずっと読んでいる。風太はその姿を駅のホームから見ていた。
早く家に帰らないのだろうか? お布団でぬくぬくしたくはないのだろうか?
そう思ったが、他人の生活に、ましてや彼女の生活に口を挟むのは失礼というやつだ。風太はそのまま電車に乗り込み、自宅へ戻った。