二社掛け持ち専務で東奔西走していた或る日、数年前までの勤務先だった広告代理店の村木営業部長から電話があった。
「今度、東部警察が広島に行くのだが、その際の弁当をお願いできないか」
「えっ、警察! 東京の警察が何をしに、広島に来るんですか?」
「東部警察ですよ。石坂慎次郎の復帰第一作『東部警察PARTⅢ』ですよ。本川さん、テレビ観ていないの」
「ゴメンなさい。滅茶苦茶忙しくて、テレビは殆ど観ていないんです」
間の抜けた会話から始まった商談を要約すると、以下のようなものだった。
「石坂プロ制作の人気番組『東部警察PARTⅢ』が翌月初旬から十日間、広島でロケ撮影を挙行する。その毎日のロケ弁当を担当して欲しい」
「今回の地方ロケは、病気療養中だった石坂慎次郎の復帰第一作だから、慎次郎の食事には特に気を配って欲しい。詳細については、慎次郎の奥さんから直接に聴いて欲しい」
実は石坂慎次郎も然ることながら、慎次郎夫人の石坂まさ子こと西原美枝の大ファンだった恭平は、一も二もなく引き受けた。引き受けてから国立病院の管理栄養士に助力を要請し、横に待機させてから慎次郎夫人に電話を掛けた。憧れの西原美枝の麗しき御声に陶酔しつつ、丁寧なご指導を仰いだ後、
「概要は解りましたが、念のため管理栄養士にも同様のご指示をお願いします」
そう断って、電話を代わった。
「あらっ」
受話器の向こうから西原美枝の軽い溜息が漏れ、恭平は肩を竦めた。