彼女への熱情もあらかた封印できたかなと思った頃、やっとそのように振り返るゆとりもでてきた。結果としては葛城との婚約から結婚に至る前の真理とはおよそ三カ月の間、不定期にではあったが頻繁に会ったものの、親密な関係にはならずじまいで終ったということになる。
真理とのことは全て過ぎ去ったことと冷静に想い起こすことができるようになって初めて気づいたこともある。肉親の死を詳しく語り、その前後にまでわたって抱き続けた心の葛藤を来栖は率直に打ち明けた。あの時の話し合いでは真理は彼の顔をみつめ真剣に話を聞いてくれた。多分あの時が分かれ目だった。真理と共に生きていける道を見いだせるか、彼女には疎遠な者として生きていく道を選ぶかということだ。
積極的に彼女に迫れば、彼女のほうはきっと彼の人生に寄り添ってくれただろう。これは彼の心の中では推し量る状態から確信の気持ちにまで高まっていった。しかしその後ではまたもや冷静さを取り戻し、自惚れめいた恋情も萎え、「やはりこれでよかったのだ」と現実の状態に落ち着いた。
来栖が真理から離れていった頃から、三人共に音楽会の例会には参加していなかったようで、葛城とはかろうじて役所で顔を合わせるぐらいの関係になってしまっていた。男同士の友情が完全に壊れたということでもないが、双方ともに二人だけで、もしくは真理も同席して三人で、昔のように気のおけない話をくつろいでするということもなくなってしまっていた。
葛城のほうは真理を間に置いて来栖とは競合関係にあるといった意識を最初から少しは持っていたのかもしれない。それどころか葛城だけでなく、来栖自身のほうも意外に対抗意識を持っていたのではないかと自省したこともある。自分自身のことが客観的には一番見定め難い。真理に見惚れているほどだから、その近くに他の男がいつもいるということなら、競合しているという意識を持ってしまって嫉妬するのもむしろ自然な感情なのではないのか。
そのようなことを考えたのも三人でのまとまったつき合いが解消してしまって、葛城と真理という人間が遠く思い出の中に位置する人間になり始めてからのことだった。