「……」
「いや、本川専務は、今までの専務とは違う。一年間の仕事ぶりを見てきて、よく判った。折角のチャンスだから、昇給のことだけでなく、会社のことを本音で話し合おうよ」
配送部の古参社員で副委員長を務める吉田係長の発言を機に、一気に潮目が変わった。
観客の表情に生気が戻り、緊張感が解けて場が和み、これまでの鬱憤を晴らすかのように会社への不平不満の濁流が堰を切った。
恭平は一つ一つの意見に耳を傾けながら、内心では安堵し胸を撫で下ろしていた。
そして、己の甘さにホゾを噛むのは、翌朝のことだった。
いつも通り午前四時に出勤し、いつも通りに挨拶をして回ると、何人かの社員やパートさんが不自然に目を逸らして下を向き、返ってくる挨拶の語尾がはっきりしない。
首を捻りながら巡回する恭平は、盛付け責任者の今岡課長に呼び止められ耳打ちされた。
「昨晩、安藤委員長から多くの組合員に電話があって、半強制的にストライキへの参加を呼び掛けられているらしいですよ」
「ストライキ? 何で、ストライキなんだ!」
その日の午前九時、安藤委員長から週末にストライキを実施する旨の予告を受け、恭平は前夜の報告も兼ね、詫びを入れるつもりで社長室に入った。項垂れて肩を落とす恭平に対し、大泉社長は機嫌の好い笑顔を見せ、予想外の声を掛けられた。
「専務、お前は、たいしたもんじゃ。あの安藤が孤立を恐れて、慌てているじゃないか」
昨夜の団交の一部始終は、経理部長の口から既に聴かされているようで、ストライキ予告に関しても大きな心配はしていなかった。