【前回の記事を読む】少しの刺激も許されないくも膜下出血患者…搬送でまさかの展開
スキャンダルの真相
救命の連鎖消防署の九月上旬は忙しい。一九二三年、関東大震災が発生した九月一日は「防災の日」と定められ、その前後は「防災週間」として行事が立て込んでいる。続いて、九月九日の「救急の日」と、その前後の「救急医療週間」がやってくる。
防災係と救急係のある警防課では、課員が防災や応急手当の普及イベントにかり出されていた。
「……こんなときに、夏休みを入れる奴の気がしれないですよ」
救急の日のイベントを菅平と二人で開催することになった水上は、舞子の不在に苦言を呈していた。
「いくら夏季休暇の時期だからって、救急係員が救急医療週間に夏休み取りますかね」
「なんだか、シアトルで勉強会があるとか。大学の先生についていくとか言ってたね」
消防署の隊員たちは、災害活動では、ポンプ隊・救急隊・特別救助隊のような部隊に編成されているが、平常時の事務系列は、総務課・警防課・予防課に分かれていた。渋谷三部救急隊は全員が警防課救急係に配属され、隊長の菅平が救急係主任、隊員の舞子と機関員の水上が救急係員となっていた。ここはショッピングモールのイベント会場である。
夕方五時、噴水の前のスペースで、お客さんに心肺蘇生法を体験してもらうというイベントが終わったばかりだ。菅平と水上は、レサシ・アンと呼ばれる心肺蘇生訓練用のマネキンを片付けている。交替制勤務は二十四時間制だが、三週間に一度、朝から夕方まで勤務する日勤日がやってくる。日勤日は、救急車に乗って勤務する当番日とは違い、部隊編成から外れているので、行事などの出向が可能となる。
「そういえば、この前言っていた、若手救急隊員の勉強会。あれ、まだ続いてるの?」
菅平が水上に尋ねたのは、「東京スターオブライフ」と名付けられた若手の勉強会のことであった。舞子の提案で、水上や、近隣消防署の若手の救急隊員が集まって、月に一度、症例検討会を行っている。
「はい、毎月第一火曜日に、集まろうってなってまして……」
消防官は地方公務員である。地方公務員法には秘密を守る義務が明記されており、救急活動で知りえた情報が公になることはない。しかし、経験の浅い隊員にとって、ほかの隊員の経験を共有して勉強をすることは現場活動能力を上げるために重要だ。正救急隊員の座を舞子と争うライバルである水上も、その点は考えが一致していた。