【前回の記事を読む】岩倉具視ら107名が欧米へ旅立った明治4年、その裏で日本周辺に何が起きていたのか……?日本は、明治元年に王政復古したことを、朝鮮に伝えた。しかしその国書の内容に問題があるとされ、受理を拒否された。この話を原朗著の『日清・日露戦争をどう見るか 近代日本と朝鮮半島・中国』(NHK出版)から記憶を辿ってみる。『皇』とか『勅』という文字は、宗主国である清国の皇帝だけであり、朝鮮は日本…
[連載]「アーネスト・サトウ公使日記」と新生・明治
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歴史・地理『「アーネスト・サトウ公使日記」と新生・明治』【第4回】山崎 震一
「自分が危害を加えられれば、征韓の名分が立つ」…西郷隆盛が朝鮮への大使派遣を望んだ、その“狙い”とは……
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歴史・地理『「アーネスト・サトウ公使日記」と新生・明治』【第3回】山崎 震一
岩倉具視ら107名が欧米へ旅立った明治4年、その裏で日本周辺に何が起きていたのか……?
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歴史・地理『「アーネスト・サトウ公使日記」と新生・明治』【第2回】山崎 震一
サトウはキリスト教禁令について、三条実美や岩倉具視らと討論したが効果はなく、長崎浦上村の信徒約4,000人は「処分」された
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歴史・地理『「アーネスト・サトウ公使日記」と新生・明治』【新連載】山崎 震一
大政奉還があった年、サトウが長崎訪問中に、浦上村では多数のキリスト教教徒が逮捕された。キリスト教は魔法か妖術の類と見做され…