【前回の記事を読む】【小説】「余の側室となれ!」皇子の妃に命令した王の思惑とは

龍神伝説

「龍王様? これは如何されましたのですか? 龍族界の理に……」

従者の言葉を遮るように、龍王は言った。

「ふふっ! まあ黙って見ておれ。今に面白き事が起きるぞ! 羅技姫はまた、裾を踏んで転んだぞ。相当慌てておるな! ほれまた転んだ!」

「おいたわしや羅技殿……」

羅技姫と幸姫は、赤龍の館へと息を切らして帰って来た。

「と、とんでもない事になった」

「姉上様……」

幸姫は今にも泣き出しそうな顔をした。

「大丈夫じゃ、幸よ! 我にまかせよ。早速赤龍を呼び寄せよう」

羅技は首飾りを外し、龍の顔の形をした小さな笛を抜き取ると、力を込めて思いっ切り吹いた。

「姉上様? それは何で御座いますか?」

「これは赤龍が自らの角を笛にして我に与えし笛じゃ!」

「笛の音がしませぬが?」

「直ぐに分かる!」

すると赤龍が二人の前に飛んで来た。

「便利だろ! 雷神丸や風神丸は指笛で呼んでいたが、これは赤龍にしか聞こえぬ笛なのじゃ」

羅技は幸姫に小声でささやいた。

「姉上様ったら~。赤龍殿は犬では御座いませぬ」

「羅技よ……その笛はそなたが危険を感じた時に吹けと渡した笛だが? それに強く吹くとは……。今も耳が痛いぞ。ところで何も変わった様子はないではないか?」

「一大事だぞ。龍王様が、我と幸姫に今宵より龍王殿に上がれと命ぜられたのだ。側室として龍王様の側に仕え、終生龍王殿より出るな、と」

「な、何じゃと? そんな馬鹿な?」

「紫龍様にお伝えせねばなりませぬ」

幸姫がうつむいて言った。

「紫龍殿は何処に居られるのだ?」

赤龍は顔を上げて空に向かって大声で吠えた。その声は龍族界に轟き、傍に居た羅技と幸姫はその場にひっくり返った。

「こらー。我らを殺す気か!」

赤龍は羅技達を見て笑い、そして空を仰ぎ見て二人に言った。

「そろそろ来るぞ!」

西の空より紫龍が、北の空より白龍が飛んで来ると三人の前にふわりと降りた。

「兄上殿も来られたか!」

「赤龍。この龍族界に轟く程の大声で吠えたせいで、清が驚きのあまり急に産気づいたのだぞ。予定日とやらにはまだ十日も在るというに。小さき姫と青龍が清の側に付いていてくれておるので心強いが……。一体何事が起きたのじゃ?」

「兄上様? 何用ですか?」

「紫龍。父上が羅技と幸姫を側室にするとの仰せじゃ。今宵より龍王殿に上がれと命じられた」

「何と? 我ら龍族は一生に一人しか妃を娶らず、側室も持たぬのではないか?御母上様が御隠れなされて以降、父上は龍王殿から天女を出され、代わりに従者に身の回りの支度全般を任せられておられるのに。御父上様は狂われたか?」

「従者殿が龍王様の御呼びだと言うので御前に行ったら、今宵より余の側室として龍王殿に上がり、終生龍王殿より出る事を禁ずる。赤龍と紫龍殿に別離を告げて来いと命ぜられたのじゃ」

「わ、わたくしは龍王様の仰せに従いまする。紫龍様に嫌われているのですから……」

幸姫はしゃがみ込むと泣き出した。