喜歌劇『クローディアスなのか、ガートルードなのか』
❖登場人物
クローディアス … 先王の弟、後にデンマーク国王
ガートルード …… デンマーク王妃、ハムレットの母
ポローニアス …… 内大臣
ハムレット ……… 先王の息子、デンマーク王子
女官長
執事
肉屋
肉屋の女房
パン屋
酒屋
酒屋の女房
大工
鍛冶屋
伝令
デンマーク・エルシノア城内および城下での出来事。
舞台の平面(平舞台)に二段重なる様式の馬蹄形三層の舞台装置。
上舞台と中舞台の両端は「廊下」となって上手・下手袖まで伸びている。
上舞台には左右対称的に二本の柱が立っている。
上舞台中央奥に、国王・王妃登退場のための階段が設置されているが、客席からは見えない。
場面設定として、テーブル・椅子・ソファなど小道具を用いる場合もあるが、原則的には何もない空間である。
第一幕
第二場 エルシノア城下の空き地
つむじ風が吹き荒れ、木の葉やゴミが舞い踊っている。
素っ頓狂な声やざわめきとともに、平舞台に光が入る。
ある日。
肉屋、肉屋の女房、パン屋、酒屋、酒屋の女房、大工、鍛冶屋が、噂話にうつつを抜かしている。
離れた所で、伝令が竪笛を吹いている。
肉屋の女房: な、なんだって~!王妃様と王様の弟が?
酒屋: (伝令を気にして)こ、声がでかいよ!
パン屋: (声を潜めて)ホ、ホントか?
酒屋の女房: くっ、へっへっへ……。驚いたかい?
肉屋: ……まさかぁ。
大工: いや、火のない所に煙は立たぬ。王族貴族でも人は人、高貴な方でも男と女、あってもおかしくない話。
肉屋の女房: 王妃様と王様の弟が……ふ~ん。
鍛冶屋: 王様は長くお城を空けている、国境警備の巡回視察とやらだ。弟君クローディアス様が内大臣ポローニアス閣下とのんびりお留守番。王妃様は―
酒屋の女房: 王妃様は王様がお戻りにならないお部屋に一人。独り寂しく残されたまま……くっ、へっへっへ……。
大工: 火のない所に煙は立たぬ、女盛りと身軽な男、くっついても不思議はない。
鍛冶屋: ……鬼の居ぬ間に洗濯、か……。
酒屋の女房: きゃっ、いい、いい、たまんない、もう!
肉屋: 聞いてないなぁ、俺たちは。なぁ、かかあ。
肉屋の女房: ああ、聞いてない。あたしの耳には入ってないね。
酒屋: まあ、何しろ、昨日の今日だからな、この話は。
酒屋の女房: うちの人が仕入れた熱々のニュース、あたしの耳に入ったのも昨夜のこと。もうこっちの体も熱くなっちまって……。
パン屋: 久しぶりにお二人で燃えたのかい、その話を胸に振りかけて……?
皆の眼が、パン屋夫婦の様子に注がれる。
大工: (周りに向かって)図星だ!
一同が大笑いする。伝令が笛を吹き終わる。
鍛冶屋: (振り向いて)おい、ハンス、戻らなくていいんか、王様の陣地へ?
伝令: いいんよ。お役目はおしまい。王様からのご伝言、内大臣ポローニアス閣下に報告完了、オッホン! それにな、ハンスさまは生まれつき足が速い。走り出せば、先ゆく馬を追い越し追い越し、あっという間に目指す陣地は目と鼻の先だぁ!
肉屋の女房: (拍手して)まあ、すてき!(甘ったるい声で)ねえ伝令様、王様のご伝言とやらだけど、ちょこっと教えてくださいな。
伝令: 気安いぞ!ハンス様は代々伝令のお役目を仰せつかり、王様のお言葉を一言一句違たがわずお伝えする。しかし他言は無用、一言でも漏らせば舌を噛み切らなければならないのだ!
肉屋の女房: おお、こわ…。
鍛冶屋: おい、ハンス、戦争はおっぱじまらないんだろ? 俺は鍛冶屋だ。槍や剣のご注文がさっぱりなんで分かるわな。王様の伝言とやらもそんなところだろ、え?
パン屋: え?……じゃあ、王様は陣地をたたんで、まっすぐご帰還ってことか?
伝令: いや、まっすぐではない。寄り道をされる。
肉屋の女房: 寄り道って?
酒屋の女房: はは~ん、分かった! 別のお城! お楽しみのひと時、ちがう?
鍛冶屋: (皆を見回し)英雄、色を好む、か。
一同は顔を見合わせ、どっと笑う。