「なんだか変な手紙が来てる」

淳美が手紙を渡すと、光彦はその内容を二度読み返してから言った。

「新手の詐欺か何かだろう。こんなものは気にしないほうがいい」

光彦は手紙を丸めて、くず箱へ投げ入れた。

「そうね。でも気持ち悪い。うちにだけ来たのかな。後で近所の人にも聞いてみるわ」

そう言って、淳美はくず箱から手紙を拾い上げた。くしゃくしゃに丸められた手紙を丁寧に広げると、淳美は光彦の食べ終えた食器をキッチンに運ぶために立ち上がった。

「今日も残業で遅くなるから、夕飯はいらない」

淳美の背中越しに、つぶやくように光彦が言った。会社へ出かける光彦の背中が小さくなっていく。淳美は少しの間、光彦の後ろ姿を見送っていた。街路樹のいちょうの緑が日々濃さを増していく。アブラゼミの声が耳の奥まで響く。悪意のこもった8月の湿った生暖かい空気が、淳美の体全体にねっとりとまとわりついてくる。淳美は額の汗をエプロンで拭き取り、親友の遠藤あかねに電話をかけるため家に入った。

「あかね、おはよう。もう起きてた?」

「ああ、あっちゃん? 今起きたところ。こんなに早くからどうしたの?」

「今日、時間があったらうちに来ない? お昼ご飯でも一緒にどうかな? ちょっと相談したいことがあるの」

「何なの? まあ、いいわ。じゃあお昼前にそっちに行くね」

「わかった。お昼ご飯作って待ってる」

「じゃあ、後で」

「じゃあね」

淳美は受話器を置くと、大きくため息をついた。

(幕は切って落とされた。もう引き返すことはできない)