双頭の鷲は啼いたか

看護師がタケルを外へ連れ出し、長い廊下の先の検査室へ案内した。同じように待つ人、すれ違う人はみな青白い顔に見えて少し怖くなってきた。白い壁がみなの顔色を白く見せるようだ。時間にすれば三十分くらいだろうか、大きな白いドーナツ型の機器を通る。

長い寝台があるので、その上に検査用のベージュの服と下着だけで横たわる。頭部を固定されて動かないようにと指示をされた。宇宙から来た乗り物のようなしゅんしゅんという音をたてて、そのドーナツ型が自分の足元から動き出し頭部まで行けば終わりだ。

すべてが終わると 、外のガラスの部屋から終わりを告げるマイクの声が響き渡った。重い頑丈なドアが開くと技師は固定器具を外しながら、元の場所でお待ちくださいと告げた。こんな検査したことあったのかなあと思いながら 、慌てて私服に着替え検査室を出た。

先ほどの診察室の前で待っていると看護師が呼びに来てくれた。先生はモニターに先ほどの検査画像を映しながらパソコンの操作をしていた。タケルは椅子にかしこまり座るとどんな診断なのか、ドキドキしながら先生の顔を観察していた。

「古谷さんは、この画像を見る限り特別に欠陥があるところは見当たりません。以前の事故で手術したところも異常はありませんし。ただあえて言うなら、高次脳機能障害の恐れはありますね。知っていますか?」

「ああ、テレビの番組でちらっと見たことがあります」

「その可能性がありますね。特に事故やケガで外科的手術の後、こうした意識障害や不眠などに悩まされる患者さんは時折おられます。人によってどんな症状が現れるかは様々です」

「いろいろとネットで調べてみました。事故の後しばらくしたら、感情や行動の抑制がきかなくなるなど、心理的な症状に自分が当てはまるのではないかと不安になりました」

タケルは両手を膝の上で固く握った。

「ええ、しかし、古谷さんの場合は言語、思考、記憶、行為、学習などの機能に問題はないようですね。塾で仕事ができていますし。日常生活に問題はない。注意力や集中力も低下していたら仕事はできないはずです。ただ、比較的古い記憶が保たれているのに、新しいことが覚えられない。感情や、行動がセーブできないというのですね」

医師はタケルの握った手を一瞬見たが、また視線を合わせて話を続ける。

「今までそんな小さなことで、イライラしてドアを蹴ったり、仕事ができない人を見て苛立ったりしなかったですし。一緒に仕事をしているバイトの女の子たちの名前は憶えているけれど、顔は見ていても実はよく覚えていないとか。実は事件に巻き込まれた女性の写真を警察に見せられても、こんな子だったかなと思った時に、そう思いました」

「難しいですね。判断としてそのものずばりではないものの、部分的にその高次脳機能障害の疑いがある。事故の後二年間で、それ以外の症状が出てこなかった。記憶障害のリハビリだけで普段の生活に復帰して 、ここ最近不安な状態が現れたと」

パソコンの過去の経過を目で追いながら医師は考え込んだ。

「大学の友人とも先日会食して楽しく過ごして、仕事でも支障は何もないです。ただ、怒りの感情が今までの自分にはそんなになかったと思うのですが。後は繰り返し悪夢で睡眠が阻害されることでしょうか」

タケルは絞り出すように答えた。苦しい気持ちを訴えたかった。