「まじなんなの。そんな噂信じて馬鹿みたい」

言わない方が良かったのか、怒らせてしまったようだ。とりあえず場の空気を読んだ。

「ごめん。そうじゃないんだけど、ちょっと心配になっただけだよ。楽しくて良い人そうだった」

人は図星だと怒る場合がある。それに気づいていたが、目の前の恵の機嫌を直してもらうことを優先した。

「そういえば、良いバイトがあるっていってなかった?」

話題を変える。

「そうそう。うちの大学の女の子だけでやってるガールズバーがあって、夏休みの間だけ手伝って欲しいって先輩に言われて。一回で良いから一緒に行かない?」

「ガールズバー、ってなに?」

「女の子だけでやってるバーだよ。学生の新人しかいないし客も分かってくれてるから安全だって」

詳しい話を聞くと店名は「霞」といって看板もなにもない隠れ家的なバーらしい。地元の常連さんのみで一見さんお断り、チャージ料金は八千円の高級バー。ガールズバーというが実際は、ママと三人ほどベテランの女性が働いている。ベテラン女性の出勤数は少なく、レギュラースタッフは大学生で、新人の初々しさを売りにしていた。

恵の他に、同じ学科の女子三人と渡邊栄美華も来ると聞いた。栄美華とは入学してから少し話したことがある。最初の課題で高評価をもらっていて、確か年齢は私の一つ上の十九歳だ。美大では浪人生がいるのは当たり前なので年齢は様々だった。栄美華が来るなら私も行こうかな。そう思って承諾した。お店では全員二十歳ということになった。

一か月だけの短期でいいと言われたが、実際は週に一回ほどしかシフトに入れなかったのでたったの四回だけの出勤になる。できるだけ人が多い金曜にシフトを入れた。人生初めてのアルバイトだ。

店内は暗めに照明設定してある。高級感漂う無垢の一枚板をバーカウンターに、女の子が立つ背面には、二階まで吹き抜けたガラスの中に本物の竹がディスプレイされている。どこかのデザイナーに頼んだと聞いた。一階は八人掛けのカウンター席のみで、二階には三組ほどの団体が入れるボックス席になっている。