第二章 奔走
【7】
「本社の知り合いに調べさせた。デベロッパーのペリアス環境開発は経営難だったらしく、今年の春、諏訪間商会に買収されていた。これは確実に何かあるな」
支局に戻って聞いた秋山の話は、にわかに信じがたかった。デベロッパーと産廃業者が合併すれば、都合の悪い真実も簡単にもみ消せてしまうではないか。何はともあれ、ウラを取らなければ記事は書けない。
しかし、諏訪間商会とは未だにコンタクトが取れていない。秋山に相談すると、しばらく沈黙した後に「よし、手っ取り早い方法でいくぞ」と、きっぱりした口調で言った。
「知り合いのいるラボで水質検査をしてもらう。宮神、明日になったら環境センターで水質検査のキットを借りて、もう一度青木さんのお宅に行って水を汲んでこい」
宮神は改めて青木の自宅を訪れ、事情を説明した。青木は「悪臭の原因がわかるなら、いくらでも持ってけ」と、快く採水させてくれた。
二週間後、環境センターで知らされた検査結果は最悪のものだった。水道水には、重金属類である六価クロムが含まれていたのだ。六価クロムは強い毒性を持っており、アスベストに並ぶ二大発がん性物質と称される。
環境センターの担当者から話を聞いている最中、宮神は震えが止まらなくなった。青木はしばらく水を飲んでいないと話していたが、地域のほかの人々は大丈夫だろうか。
「さっそく記事にしますか」
「ちっとは想像しろ。今書いたところで、住民が不安になるだけだ。下手したらパニックになる。まずは町役場に連絡を入れて、住民の安全確保のために動いてもらうのが先決だ。それから警察に連絡する。しっかり恩を着せて、うちが加盟社に記事を配信する前に公式発表をするなと県警に釘を刺す。俺は諏訪間商会が黒だと睨んでいるが、さてどうなるかな」
町役場への連絡は宮神が担当した。電話で一報を入れてから自動車を駆り、現地へ急いだ。役場で会った環境課の担当者は、田村と名乗った。水質検査の結果を伝えると、青ざめた顔で唾をごくりと飲み込み、「一刻を争います。すぐに北部地区へ行きますので、付いてきてください」と懇願された。
私設水道を使っている北部地区には、三十七世帯が暮らしている。まずは田村とともに地区長の住まいに足を運んだ。長老の住居らしく、うだつがある古式ゆかしい日本家屋だった。居間に通されたふたりは、水質検査の結果を説明した。
「やっぱりそうか……」
地区長の渕という老人は、眉間に深く皺を寄せた。
「人体への被害が懸念されます。北部地区のみなさんは、悪臭がするようになってからも水を使っていましたか」
田村が直球で質問を投げかけた。言葉の端々から、町民を守りたいという思いがひしひしと伝わってくる。