【前回の記事を読む】謎の声に導かれ、少女が歩き続けた先にあったものとは…?

第二章【反発】

待つ間に外の様子が気になり携帯電話を見てみると、電池は大丈夫そうであっても電波が届くはずもない。この頃には、沿岸部に大津波が押し寄せ未曾有の被害となっていたのだが、明日美には知る由もなかった。

何度経緯を振り返ってみても、嘘のような信じ難い奇怪な出来事ばかりで、ただただ夢であってほしいと願うしかない、そうはいえども残念なことに、これが厳然たる事実である。いくら芯の強い明日美でも悲観せざるを得ない、そればかりか無力感にも襲われてしまい、うなだれるように視線を下ろし、電池が切れたおもちゃの人形のように動かなくなってしまったのだった。

ところが、折れた心を復元すべく本能の仕業であろうか、いつの間にか無意識に小さな声で歌を口ずさんでいたのである。その歌は幼少の頃に母がよく歌ってくれた唱歌だった。歌も終わりかけたその時、明日美は闇の中で何かが蠢く様な気配を感じた。その方向に目をやると、ゆっくりと近づいてくるのが感じとれる。

父がきたのだろうと思い、確認のため立ち上がり、そして呼ぼうとした次の瞬間、逆方向の片隅から何かが急に飛び出してきたのだ。咄嗟に飛びのき、その物体を凝視すると、徐々に姿が見え出した。背を向けることなくそのまま前を向きながら後ろに引いて様子を窺うと、姿は見えているつもりでも、どういうわけか形体が掴めないのだ。全く何者か正体がわからない。動く闇か漆黒の霧というべきか、どうしても上手い表現が見つからないのだ。

初めは何かの影かと思ったものの、ここに影はできないはずだ。大型犬ほどの大きさで、低く荒い呼吸が伝わってくる。唸り声のような音を発していることに加え、獣のような臭いもしてきた。動物だということはわかるにしても、実態を見出せない。闇の中から闇が、獲物を追い詰めた肉食獣のように、唸り声をあげて押し迫ってくるのだ。

じりじりと間合いを詰めてくる。後ろは行き止まりで逃げ場はない。かといって座して死を待つわけにはいかない、背水の陣がごとく戦うしかない、そう思い身を低くし、戦闘態勢を整え、相手の呼吸を読む。そして感じた。来る! その瞬間、反射的に横っ飛びで、近くにあった先の尖った細い筍のような鍾乳石、石筍(せきじゅん)を蹴り折り、それを掴んで体の前に突き出し構えたのだ。この一連の行動は一瞬のことで、しかも肘に軽いタメをつくり相手の力を利用して突き刺す実戦型戦闘態勢だった。