一般的な聴感覚の成立

はじめにカクテルパーティーでのことをお話ししましたが、これはやや特殊な状況ではあります。ここで一般的な音の聞こえのことについてお話しいたします。

音刺激によって頭皮上から記録される聴性誘発電位の知見によりますと、音刺激のあと、最初に聴覚皮質(一次聴覚野)で記録される成分は、約30~50ミリ秒で、その後、後部側頭平面(側頭葉の後ろのほう、聴覚野)に約100ミリ秒後に著明な反応が認められ、それ以降は、150ミリ秒から刺激音が停止するまで続く反応などが認められ、これには聴覚野だけではなく、他の非特異的な関連脳領域が関与していると考えられています。

聴覚による刺激でも、基本的に記憶情報との照合の過程はあるのではないかと思っているのですが、これには、他の感覚と同様に、(一部は)前頭葉が関与しているのではないかとは思いますが、視覚感覚の成立の場合よりもやや速い印象がありますので、側頭葉、頭頂葉の周辺だけが関与しているということもあるのでしょうか。

そしてこれらの過程を経て聴感覚が成立するには(つまり聞こえるには)、速くても100ミリ秒くらいかかるのではないかと思われます。

ここで、視覚のところでもお話しいたしましたが、体性感覚の場合に、約500ミリ秒後に(記憶情報との照合がされて成立したと考えられる)感覚意識が、はじめに感覚皮質に刺激が到達した初期EPの時点まで前戻しされるという現象が観察されましたが、聴覚の場合は、記憶情報との照合で成立した聴感覚が、体性感覚での場合のように、はじめに刺激が聴覚皮質に到達した初期の時点まで前に戻るという現象は、考えにくいのです。

この意識経験が前に戻るという現象は、皮膚の体性感覚の場合では考えやすく、視覚での場合でも考えられうるとは思いますが、聴覚では考えにくいのです。

その理由は、聴感覚が成立したということは、つまり「聞こえた」ということですが、この「聞こえた」という感覚が、本当は「それよりも前に聞こえていました」と前戻しで報告されると、明らかに時間的なずれが認識されてしまいます。

つまり、約100ミリ秒後に聴感覚が成立したとして、つまり聞こえたとして、これが50ミリ秒ほど前に戻って、刺激がはじめに聴覚皮質に到達した時点ですでに聞こえていましたとしたら、明らかに時間的なずれが認識されてしまうように思われるからです。

聴覚における時間分解能は、視覚よりも短く、約3ミリ秒といわれています。つまり、少しでも時間的に遅れれば、すぐに音がずれたとわかるということとも思いますので、感覚経験が時間的に前に戻されるという現象で理解することは難しいように思われます。