【前回の記事を読む】異国船に積まれた宝の数々。横領したのはまさかの人物で…

異国船の噂を止めるには…

重郎左衛門は郷方の仕事で、春が近づき農家が早苗の準備に入る頃であるので、海浜地区の農村を巡回していた。それで、吹の村にも様子を見に行こうとしたところ、途中で坊の入り江で何か起きたらしいという噂を聞いたと云う。

重郎左衛門は小太刀を得意とする立花道場でも指折りの使い手として名が知られていた。萱野軍平は道場での後輩で、重郎左衛門から手ほどきを受けるなど大いに薫陶を受け、いまでも頭が上がらないほどなのだ。

萱野軍平は、最初、吹は出入り禁止になっているからと重郎左衛門を足止めしようと考えたが、吹の村人に異国船のことをきつく口止めをしてもらおうと考え直した。そして、坊の入り江に異国の帆船が座礁していることを話した後で、船の情報は欲しいし、噂にならないようにしたいしで、苦慮していると愚痴をこぼした。重郎左衛門は坊の入り江の地形を良く知っていた。

「噂を止めるには人の目に触れさせないことが肝要で、近隣を封鎖するのは当然として、問題は吹だから、前面の浜に陣を敷き、幔幕を張って海を見えなくしたらいかがか」

何も見えなければ、噂のしようがないということだ。

続けて、「船にあるものは、鷲の嘴を回り込んだところに砂浜の窪地があるから、一旦、そこに移してからゆっくり片付ければよろしいかと。船は燃やしてしまえば済みますな」と、こともなげに言った。

さらに重郎左衛門は、萱野軍平が船の情報が欲しいということは、同じような船を持ちたいという気持ちがあるのだと忖度して、餅は餅屋で千石屋の作蔵に船を調べさせてはと助言した。

千石屋の作蔵とは河北藩で一番の船大工の棟梁で、金崎港の近くで造船所を構えて弁財船や和船をつくったり、修理をしたりしている。頑固だが進取の気に富み、好奇心が旺盛だった。重郎左衛門が作蔵を知っていたのは、以前、吹の村人のために舟を捜したことがあって、そのとき、作蔵の世話になったことがあるからである。

萱野軍平は作蔵のことを知らなかったから、昨日、異国船を視察した際、海防方組頭の宇美野正蔵に言われたときは聞き流していたのを思い出し、直ちに作蔵を呼びにやった。