【前回の記事を読む】【小説】目からウロコ!汲み取り員の知られざる市民貢献!?

ギリギリで終えた報告書の作成

朝方、リウマチの痛みと健一の様子を心配して起きてきた良美が、机にうつ伏せになって寝ている健一に気がついて、揺り起こした。

「健一さん、大丈夫? 報告書はできたの」

健一は驚いて顔を上げて時計を見た。

「ヤバい!」

朝の五時だった。出勤するまであと二時間しかない。健一は、これは本当にまずいことになったと思った。と次の瞬間、良美は健一を払いのけるように机に向かうとワープロのキーボードに指を乗せて、怒鳴るように言った。

「なんて打てばいいの? 早く言って」

良美は若い頃、立川基地で英文タイピストをしていた。英語と日本語の違いはあるが、キーボードは同じJIS配列なので、漢字への変換さえ気をつければ健一の十倍近いスピードで打つことができた。それにその日の良美のリウマチの発作は、手ではなく股関節に出ていたので、痛みは激しかったがタイピングには支障がなかった。

健一の頭のなかでは、既に報告書の骨格と内容は出来上がっていた。口述筆記による夫婦での報告書作成の共同作業が始まった。健一は薬のおかげでリラックスして、ハッキリとすらすら口述できた。良美もハッキリとした健一の言葉と整理された文章を心地よく聞きながら、指を滑らせるように動かしていった。

二人の情景は、開け放たれた窓から差し込む朝陽と、透きとおった空気に包まれて、一幅の名画を見るようであった。文章がまとまり、印刷をし終わったのは、出勤十五分前の六時四十分を過ぎていた。

健一は良美にぬるめのインスタントコーヒーを多めに入れたカフェオレをマグカップに半分入れてもらって飲むと、急いで会社に向かった。健一は、会社から面倒な仕事を言いつけられたとは少しも思わなかった。それどころか社長の紘一が自分を必要とし、頼りにしてくれたことが嬉しかった。

そして、良美が身体の痛みに耐えながら手伝ってくれたことがありがたかった。自分で前例のない報告書類を仕上げることができた達成感もあったし、大きな勉強にもなった。そして何より自分を褒めてやることができたことも嬉しかった。これでまた自分に新たな力が付いたと思えて喜びでいっぱいだった。