その日、社長の紘一は朝一番で報告書を西方市の清掃課に持って行った。

清掃課の大野は、報告書をジックリと時間をかけて読み終えると、紘一に向かって、「よくこれだけのものを一晩で作れましたね。しかもワープロ印字にしてまで。社長は現場だけの人かと思っていましたが、こういうことも得意なんですね。感心しましたよ」と称賛した。

さすがに紘一も、「自分が作りました」とも言えず、汲み取り作業をしている健一が作ったこと、実は健一は大学の法学部を出ていること、ワープロも社内では健一しか使える者がおらず、以前出した作業報告も彼が作ったことなどを話した。

すると大野は、「それは便利な人を雇っていますね。現場と事務、それに多分パソコンも使えるでしょうから、情報処理業務もできるでしょう。この報告書を見ると文章の組み立てから的確な法令引用の仕方、参考文献を根拠とした結論へのプロセス、今後の課題へのアプローチの鋭さと問題解決に向けた提案など、かなり法的な文章作成の訓練をされた方ではないですかね。

特に私として参考になったのは、トイレの汲み取り業務が、市民の見守りサービスにいかに有効かということが、数値化されデータで示されていることです。これは清掃課にとって、委託業者とのアライアンス(連携)構築にとても大きな示唆を与えるものになると思います」と感心したように言った。

それを聞いた紘一は健一の履歴書を思い出して、「そう言えば彼の履歴書には、大学の法律研究所というところに所属して、司法書士の勉強やゼミで民法の勉強をしていたと書いてありました。それからディベートとかいうもののトレーニングもしていたようです」と言うと、

大野は驚いて、「ディベートをやられていたんですか。普通あれは政治家を目指すような方がやるもんだと思っていましたが、あの高井さんがね~。どうりで文章に鋭さがあると思いました」とまた感心したように言った。

そして言語障害のある健一がディベートの勉強をしていたことを不思議がった。ディベートとは、ある特定のテーマの是非について、二グループの話し手が、賛成・反対の立場に分かれて、第三者を説得する形で議論を行うものである。言うならば、ディベートとは、ルールに則った公論、口喧嘩のようなものだ。