バキュームカーは臭くない!

ガラガラガラ、バタン……バタン、バタン。健一が仕事でお客のところに行くと、その周りの家は一斉に窓やドアを慌てて閉め始める。そして家の中から顔をしかめて、チラチラと外を覗く。

高井健一はトイレの汲み取り作業員だ。西方市の委託会社、藤倉産業有限会社に勤めて、二十六年になる。年齢は六十二歳、定年を過ぎて、今は嘱託社員として継続雇用されている。彼の仕事は、バキュームカーで現場に行き、トイレの便槽に溜まった汚物を吸い取って、処理施設まで運ぶことだ。

最近では下水道が整備されて、一般の家では汲み取り式のトイレはほとんどなくなった。しかし、それでも近隣との地権の問題や経済的理由などで水洗トイレにできない家では、いまだに汲み取り式のトイレを使っている。また、建築現場や道路などの工事現場、イベント会場や河川敷の公園などにも、汲み取り式の仮設トイレが設置されている。

ある日、新築住宅の建設現場に設置された仮設トイレの汲み取りに行った健一は、その隣が以前毎月伺っていた汲み取り式のトイレの家だったので、

「加藤さん、ご無沙汰しています。ご迷惑をおかけしますが、すぐ終わりますので」

と挨拶すると、

「臭くてしょうがないわ。挨拶はいいから、サッサと早く終わらせて帰ってちょうだい」

と、そこの奥さんは、顔をしかめて迷惑そうに言った。

今のバキュームカーは、臭気を軽油と一緒にバーナーで燃焼させて消臭するので、ほとんど臭いはしない。健一はこのように怒鳴られても、ニコニコして、「すみません。すぐ終わりますので」と言って、作業に戻った。