「親父さん、ゴメン。ちょっと言い過ぎたみたいだ」
「いや、淳子さん、この家にはお酒は置いてないのかね」
遊びに来た親友の杉野がその殆どを一人で飲んだ、貰い物のウイスキーの残りで父親と恭平は薄い水割りをつくった。
「今年のカープは、どうかね」
「おう、主軸打者も調子がいいから、今年も絶対に優勝だ」
父親も恭平も、酒は強い方ではない。飲み慣れない酒をぎこちなく飲み交わすことで、父と息子の意思疎通を図ろうと、二人は安物のホームドラマを懸命に演じていた。
そしてお互いが二杯目を手にする頃には、共に顔を赤らめ気分を高揚させて、恭平が子供の頃の失敗談など、面白可笑しく淳子に語って聞かせるのだった。
翌日、仕事を終え帰宅すると、すでに父親は帰広していた。
「結局、親父は何のために東京へ出て来たんだろう」
「恭平さんに、会社を手伝って欲しいんじゃないの。今日も帰る前に、恭平さんの仕事ぶりや給料のことなんか、いろいろ訊かれたもの」
「ふ〜ん。でも、俺は帰らないよ。今の仕事は俺の天職だと思っている。それに俺は、親父は大好きだけど、親父と一緒に仕事は出来ん。俺と親父は似た者同士だ。似た者同士が一緒に仕事をすると、必ず摩擦が起き、喧嘩になる。昨日だってそうだろ。衝突するのは目に見えている」
「でしょうね。でも、私は、恭平さんはいつかきっと、広島に帰ると思うよ」
「どうして」
「どうしてって、自分でよく言っているじゃない。『俺は人が喜ぶのを見て、初めて自分が喜べるんだ』って、ホント、そうだと思う。それに、恭平さんが一番に喜んで欲しいのは、お父さんに決まっているから」
「そうかな」
「そうよ。昨晩だって、最近の作品見せたら、お父さんは嬉しそうな顔されていたけど、そのお父さんの笑顔を見ている恭平さんは、輪をかけて嬉しそうな顔していたもん」
「へぇ、淳子。おまえ、そんなこと考えながら、俺たちの話を聞いていたのか」
恭平は最高級の満足顔を淳子に見せようとしたが、顔は強張って引きつり、逆に泣き顔みたいになった。