「ここはどこ。お願い! すこし休ませてちょうだい。もうどーなってんのよー、何なのよー」
今、自分に何が起きたのか状況が呑み込めず、明日美は気が動転している。先ほどまでいた祠のある草原が、いきなり岩に囲まれた空間へと変わってしまったのだから無理もない。
再び座禅の如く胡坐を組み、心を落ち着かせ、何かを感じとろうと静かに目を閉じてみても、それは無駄な試みであった。何かが脳裏に浮かびかけてはすぐに誰かの意思にかき消されてしまい、そして消滅していく。自分の力の脆弱さを思い知らされた気がした。
「明日美こっちよ。こっちにきなさい」
ハッキリと心に聞こえてきた。
「あなたは誰なの、どうして私に命令できるわけ?」
上から目線の物言いに、勝ち気な明日美には少し気に入らない。
「ごめんなさいね、こっちにきて見ればみんなわかるはずですよ、こっちです」
今度は優しく巧みな誘いの声に、明日美は無意識に壁のある方向を振り向いていた。その声からは耳で聞くのとは違い、方向が感じとれたのだ。
そこには、乗用車程の大きな岩が壁に寄りかかるように立ち、その岩陰に人がしゃがんで入れる程度の空洞ができていて、どうやら声はこの奥から聞こえてくるようなのだ。おそるおそる覗き込み、足元にあった小石を投げて見ると、反響音が返ってくることから、中は思いのほか広くなっていると推察される。
とはいえ暗くて奥がよく見えない、そればかりかどこかに繋がっているらしく、中からは生暖かくカビの匂いがする風が吹いてくる。このような、暗くて怪しげな所に女子が一人で入っても大丈夫なものだろうか。というよりも入ってはいけないと考えるのが正解なのでは……。どうしても決心がつかなくて一歩が踏み出せない。半身を洞窟に入れて覗き込みながら少しの間迷っていると、ミシミシと音を立てて今度は余震がやってきてしまった。そう感じたと思った瞬間すでに、明日美は非凡な反射神経で後ろ飛びに外へと転がり出ていたのだが――。そこへ彼女から、
「心配ありません。大丈夫です、中に入りなさい」
再びの命令口調に我慢ならずに半ギレで答える。
「そんなこと言ったって洞窟の中は真っ暗じゃないの。いやよ、怖いわよ!」
そうたやすく入ろうものなら甘く見られてしまい、軽い屈辱感に襲われる。とりあえずは一度拒否をしてみるのが、勝ち気な明日美にとってちょっとしたお約束の手法でもあった。
「大丈夫です、私が案内します」
しきりに誘ってくるけれど、ここで抵抗してみてもまた操られるのはわかり切ったことで、もう後戻りはできない、前に進むよりほかはない。
勇気を振り絞り洞窟の前に立ってため息まじりに、
「こんなところに入るのかぁ、どうなることやら――」
不安な思いで、自分を待ち受けている奥の暗闇を見つめていると、唸り声が聞こえ、その上吸い込まれそうな錯覚を覚えるのだった。