僅かな記憶をたどり、もう一度山へ…
私は、解決しないかもしれない事件に、たった一人で立ち向かっていた。会社はまた休みをとった。ただ、休みすぎて解雇されないことだけを願った。
映画館の次にもう一度、あの山に行くことにした。多くを覚えていないその場所に、またあのスカートを穿いていった。そして、麓にあった食堂で、私のことを記憶していないか聞いた。
食堂の主人からは「ああ、覚えているとも」と、意外な答えが返ってきた。
私は驚き、「いつですか? 私を見たのは?」と、叫んだ。
「確かではないが、数日前にうちの食堂に定食を食べに来た人だよね? たいした食事でもないのに、おいしい!と連発してくれたので、覚えている。ただ、スカートで山に登るとは思わなかったのに、登山口に向かっていったから、不思議に思っていたんだ。まさか、あれから山に登ったのかい? 暗くなってきていたのに、たった一人で?」
いい情報を得たのは確かだが、あまりにも驚いて質問には答えられなかった。このことが事実なら、私はこの食堂で食事をしてから、山に登ったことになる。それもたった一人で、だ。
なかなか思い出せないが、それが事実なら、私は記憶喪失というより、やはり誰かによって催眠術にかけられたというのが一番納得できると思った。誰にというのは思い当たらないが、では、いつから催眠術にかかったのだろう? 映画館で寝たあとか?
それが一番納得がいくが、全く記憶がない。映画はおもしろかったし、すごく楽しんでいたのに、なぜあそこまで眠かったのか? 記憶をたどる限り確かなことは、あの日は仕事帰りに映画館に直行したことだ。
話はその休暇の前の日に戻るが、会社にいたとき、上司がアイスティーを入れてくれた。確かに、珍しく機嫌よく話しかけてきた気がした。
「明日から何をして過ごすのかい?」とか、「ヨーロッパに行って親に会うのかい?」とか、聞いてきたのだった。
私は正直に、「映画三昧で、ゆっくりします」と、答えた。
だが、その上司は私が休暇に入ってすぐに転勤になる予定だったから、今は職場にはいない人だ。それに、私とはやり合ったこともない人だし、恨まれる覚えはなかったから、彼がアイスティーに睡眠薬を入れたとは考えにくい。