【前回の記事を読む】【ミステリ小説】玄関から誰かが入ってきた…!その正体とは?
入院で得られた「収穫」
警察官は丁寧に調べ、また連絡するから、と言って、ぎっくり腰の治療のために、パトカーで病院まで送ってくれた。その際、気体が体に残っていないか、調べられた。しかし、その後電話で、匂いはあえて調べる必要はなかった、と言われた。
猜疑心が匂いを作り上げたのだろう、と言うのだ。つまり、実際にはないのに、あるように感じたのは、極めてまれだが、ストレスや恐怖があるときに起こり得る、とも言われた。調べても、玄関前にも、私の体にも、液体や気体による異常な痕跡はなかったらしい。そんなことに話がいくとは思っていなかった。おかしいのは、私の意識で、匂いはそれが作り出したらしい。
うなされるまで苦しんだとしても、意識だと言えるのか? 私には疑問だった。恐怖が襲ってきた。つまり、私を恐怖に陥れることが、目的なのか?と思えてきた。恐ろしいことだが、そのようだと感じた。犯人は、私が苦しんでいることを楽しんでいるとしか、思えなかった。
警察は、不安ならこのままぎっくり腰の治療だと言って入院すべきだ、と言うので、その言葉にしたがって、入院することにした。言い換えると、そのあいだだけは安全地帯には入れた、と言っていい。
入院生活は、なかなか大きな収穫だった。話す相手はほとんどが老人たちだが、人生は山あり谷ありだったと語っていた。話し好きなので、言いたいことを言っているだけだったが、このマイペースさが気持ちを楽にしてくれた。
私は、うまくいかない人間だったことを正直に言ったら、とんでもないことをしていない限り、うまくいっていると言っていい、と慰めてくれた。人生はうまくいかなかったことの方が多かった、とも言ってくれた。多くはそんな会話だったが、はかない命だった配偶者の話や、大変な戦争の話をしてくれたりもした。
周りの入院患者には大きな病気の人はいなかったので、私同様、すぐに退院になっていたようだ。なかなかうまくいかなくても、おおらかな気持ちでいたい、と思えるようになった。『収穫』とは、そういうことだ。