会社ではまた何事もなく過ぎていった。なかなか前に進まない、うまくいかない仕事も前向きな気持ちでこなしながら、働いていた。何とか、日常に戻ったように感じられた。舞が、いろいろと話したがるが、会社ではやめておいた。
小さな役から大きな役へ。俳優なら、こなしていく喜びがあるに違いない。だが、今の私はその気になれない『俳優』だった。なのに、上司が昇進の話を持ちかけてきた。課長代理にならないか?と言うのだ。やんわり断ろうとしたが、「君の事務処理能力は完璧だ」とか、「後輩のいい手本になってほしい」とか、うまく言いくるめられて、大任を引き受けさせられた。
言うなれば、無い物ねだりしかできない、最悪な、気に入らない、窮屈な役だった。上司とぶつかることがしょっちゅうになったし、部下からはあれこれと注文された。こんな仕事辞めてやる、と言いたかったが、仕事以外やることがないので、まだ我慢することにした。
『ところで、その後は何もない?』と、舞からメールがきたのは、昼食後の眠い時間だった。『私は何もないけど、舞は?』と、返したら、『何もないけど、それが不安で……。まだ解決していないのだから、気をつけなきゃね』という内容だった。
確かに、忙しすぎて恐ろしさを忘れかけていたから、舞の心配りに感謝した。舞は、続けて、『恐喝にあってからは、いいかげんな態度はとらないように心がけているの。栄華も気をつけて』と、送信してきた。会社内に犯人がいる可能性は、否定できないからだ。
だが、私などはいつもどおり上司と言い合ったり、部下に嫌な顔をしたりしていた。気をつけなきゃ。あまり、思ったことをそのまま言わないように、少なくとも解決するまでは。
犯人の感情を逆撫でしているかもしれないから。得体の知れない犯人は、近くにいるかもしれないのだ。何食わぬ顔をして、こちらをじっと観察しているかもしれないことを考えると恐ろしかった。確かな情報が入るまでは、丁寧に対処していこうと思った。