三の巻 龍神伝説の始まり

必死の思いで来たのに、出会ったのは口の悪い龍神だったとは、と紗久弥姫は悔しくて、館へ帰ろうと身を翻した。

「ま、待て女ー」

「私は紗久弥よ!」

「す、すまぬ。余は女子と話をするのが苦手なのだ。龍族界で余達の世話をする天女達に感謝の言葉をかけようとするのだが、つい言いそびれてしまう。どう話をすれば良いものか余には分からぬのだ……」

「龍神様とはいえ、御言葉が汚すぎます。私は阿修の者達に殺された父上様と里の武人の方々、幸姉上様、そして今も生きておられるのか分らない清姉上様、敵を討とうと女の身で毎日剣の鍛練をしておられる羅技姉上様達の身の安全をお願いしに、暗い夜道を月の光を頼りにかずら橋を渡って来たのよ。足が竦みそうになるのを必死でこらえて……。

何よ! この役立たず。龍神(たつ)(もり)の里は龍神様が守ってくれていて里の名も龍神様から頂いたと……。巫女姫の清姉上姫様が教えてくれました。もう頼まない。羅技姉上様に剣の扱いを教えてもらって一緒に戦って仇を打ちます! フン。龍神様のドケチー。悪態を吐く馬鹿龍~」

続けざまにずけずけと悪口を言われた龍は、呆然として口をあんぐりと開けた。

「余を、ば、馬鹿とは……。それにドケチ?」

「そうよ」

「ふっ! 余に悪態を申す者は他に居らぬ」

「あなたは相当甘やかされていて満足に話し方を教えてもらっていない様ですね」

紗久弥姫は青い龍神様に向かい、キッと睨んだ。

「そなたは顔色をころころと変えるのだなあ。うん、実に面白い」

龍は身体から青白い光を発すると、若者の姿に変わり、紗久弥姫の前に立ち塞がった。龍が人の姿になるのを目の当たりにした紗久弥姫は、驚きのあまりその場に尻もちをついた。

「やれやれ。人型になった余を怖がるとは……。どれ、起こしてやろう!」

龍が紗久弥姫の腕を掴むと、

「い、嫌~! 腕を放しなさい!」

龍は驚いて腕を放すと、紗久弥姫は土の上に覆いかぶさる様に倒れた。

「ああ~っ」

「今宵は特別多く夜露が降り注いでそなたの着物が濡れてしまった……」

若者は紗久弥姫の裳に着いた泥を、手で振り払おうとした。