小さな大国・バチカン
イタリアと言えば、陽気な国民性、豊富な文化財、宗教などを連想するが、今は夏のバカンスシーズンで、まず殆どのイタリア人は不在である。石畳の細い路地に暑さを避けて老人がのんびりと座っているという光景である。今回はしたがって、宗教と文化財の話が中心になりそうだ。
第一日目はまっさきにバチカンのサンピエトロ寺院へ足を向けた。この壮麗な建物の屋上にミケランジェロ設計の大クーポラがあるが、その頂上まで登ろうというわけである。屋上まではエレベーター、そこからは狭い階段を二百五十段くらい登る。
時には身体を斜めにしないと通れないような所もあったが、五十七歳という年にしては息も切れずに一気に登れたのは、聖ピエトロ様を唱えていたからとしか考えられない。
私の信心と言えばそんな程度で、言うなれば「苦しい時の神頼み」である。日本へ帰ればお稲荷様でも天神様でも、お参りする。よくいえばこれは汎神論というべきなのか。「キリスト教では神は絶対であり、超越的存在です。であるがために、科学的には―相対的には―神はウソだと言えます。なぜなら科学は、相対的世界だからです」と司馬遼太郎が『春灯雑記』で述べているが、私のキリスト教観もそれに近いのだろうか。
ただ、そのウソの証明のために、四苦八苦したあげく壮大なヨーロッパ文明が成立した事実には、結果的には深甚な敬意を表さざるを得まい。宗教については後にも述べる。
ドーム頂上の日陰には微風がふいて、ローマが一望のもとであるが、足下にバチカン領が一目で見わたせる。緑に囲まれた建物が散在し、全く狭い領地だが、これこそ世界最大の宗教、信者八億のカトリックの総本山なのである。バチカンは冷戦後、非常な勢いで東欧圏をはじめ世界に対して、布教を広め勢力を増大させている。この小さな大国を深い感慨をもって見回した。