映画が動き出した矢先、悲劇は起きた…

なかなか話が進まなかったが、前を向きたい、と監督が積極的になったから、映画がやっと動き出した。待ちに待った瞬間だった。たくさんのスタッフから、また仕事ができる嬉しさが伝わってきた。映画は順調に撮影された。

奥さんは同じく悪い状態だったが、始まってからは監督のやる気が何とか勝った。映画はそんな困難に勝ち、最高にいい出来映えだった。ヒット間違いなしだった。

だが、あまりに大きな間違いが起こった。なかなか回復の兆しを見せなかった奥さんが、亡くなったのだ。自殺だろうと思われる状況なだけに、警察は事件とは考えなかった。得体の知れない通報者は、薬を飲みすぎたらしい。そのため警察は、はなから捜査する気はなかったようだ。

つまり、はかない命だったのだ。俺が願うとおりになった。なくした宝物は探せるのか?

監督はやはり相当泣いて、見かねたスタッフが「病院の管理に問題があったはずだから訴えた方がいい」と助言したが、耳を貸さなかった。でも、時がたてば、いつか立ち直るだろう。映画は、思ったとおり大ヒットした。

誓うが、監督が不幸になってほしいと思ったことは、一度もない。だが、大きな勘違いはつきものだ。

もうこの世にはいない人間を、奥さんを、監督は捜していたのだった。もちろん、面影をだが……。悲しみは癒えない、永久に……。そう見えた。白髪交じりの髪も、ヒゲも伸びたまま。服は連日同じ物で、よれよれ状態。まるでさえないおじいさんになっていた。

なかなかわからないことだ、俺には。そこまで愛せるなんて。そう! 心の大半を悲しみが占めたとしても、いつかは立ち直るはずだ。同じことを繰り返しながらも、悲しみは癒えていくのが当たり前だと思っていた。

だが、監督は違った。俺やスタッフが心配して話しかけても、目は宙を見ていた。一か月たっても。それ以上時が過ぎても、もはや以前の監督の姿はそこにはなかった。

お互いが必要なことはもうなくなった。確かなことは、映画だけだ。

しかし、脚本だけが俺の生き甲斐とはいえ、監督の存在は格別に大きかった。また、違う監督のもとでやる気はなかった。たかが、たいしたことない、小僧のような、いわゆる芸術家気取りの監督などは、俺にとって、何の価値も見いだせなかった。

俺は、大変な時間を悩んで過ごした。何が自分にとって大切か? ないかもしれない。かけがえのない存在など俺にはないし、家族からも音沙汰無しだ。最悪なことは、ただ生きていけるだけの金だけがあることだ。

生き甲斐は、大きな生き甲斐は、監督と作る映画だったが、お互いが必要なくなった今、それも消えた。何か見いだせるかもしれないし、見いだせないかもしれない。

はかない人生なのか? 俺も。仕方ないか。俺がしたことを考えたら……。