乙姫
堀内の研究が本格的に始まった。まずは、地球と宇宙を往復できるシャトルのエンジン開発である。
織田にとっては自分の生まれ故郷でもあり、もともと気の休まる場所。そこで聞く爆音轟くエンジン音がとても気に入っていた。
堀内からエンジンの発火実験の連絡が入ると「点火ボタンは俺に押させてくれ」と、実験場に必ず出かける熱の入れようである。
地元の人たちも、もともと織田家のことは親の代からの知り合いであり、ロケット開発というロマンチックに思える実験に興味津々であった。村人の中には研究室に取りたてのミカンを持って差し入れに来る者がいるほどである。
堀内は地元では「ロケットマン」と、親しみを込めて呼ばれ、人気者となって、親切で人懐っこい村の人たちとミカンをほおばりながら飛行機のことや宇宙の話をするのが楽しみとなった。
村人が
「堀内さん、私はこの四国から出たことがないんです。一生に一度でいいから、あんたの作っている飛行機で世界をぐるっと一周したいもんだね」
と言われると、
「皆さん、そんなことはお安いことですよ。もうしばらくお待ちください。今開発しているエンジンを使えば無着陸で地球を一周できます。完成したら皆さんと一緒にぐるっと一周しましょうか?」
すると村人が
「ぐるっと一周するなら四国から出なかったと同じではないの」
と切り返したので、
「あははは……、そりゃーそうですね」
と、大笑いになる。
「皆さん、地球を一周どころか、子供やお孫さんが宇宙に気楽に行けるようなエンジンを今設計しています」
と、にこやかに答える。村人は
「この前おっとろしいエンジン音していたが、あれよりすごいの作るんかい?」
堀内は、いずれこの人たちを本気で宇宙に連れて行きたくなっていた。この村人たちの遺伝子がいずれ1万光年の宇宙に旅立つことになろうとは、このときは堀内すら気付いていなかった。