「ああ。あの子が読んでいた本、俺も好きな本なんだけど、あれを読む人はあんまりいないと思うんだ。だから話しかけるネタに使えるかも知れない。初対面で話しかけると警戒されるけど、三回目くらいに、『前に読んでいた本が印象的で覚えていた』って言って話しかければ、少しは怪しさも緩和されるんじゃないかな」

「なんだ、それは。計画的に会っているのに、偶然を装って声をかけるわけか。まどろっこしいな。共通の話題が作れるんだったら、さっき堂々と話しかければよかったじゃないか」

今の発言にはカチンときた。

「うるさいな。俺は少しでも怪しまれるリスクを減らしたいの! 戦略的だって言ってくれる?」

いまいち腑に落ちないようだったが承知してくれた。

「ところで」

桃はじっと俺を見ている。

「レイ、本当に大丈夫か?」

「うーん、分からないが、頑張るとしか……」

「違う。俺が今聞いたのはレイのことだ」

「ああ、体調のこと? まだ悪く見える?」

「良くは見えない」

自覚はある。今疲れているのは、このミッションのせいではない。

「まあ、深刻なもんじゃないさ」

でもその後で、つい愚痴が口をついてしまった。

「俺、本当に何もできないんだなって毎日思い知らされるよ。あ、仕事の話な。何もできないし、会社では誰にも必要とされてない気がする。そうすると、自分に良いとこなんて何もないような気持ちになるし……」

「それ以上は言うな」

遮られた。こっちは手伝ってやっているんだから愚痴ぐらい言わせてくれよな、とまた腹が立った。でも、それは俺の甘えだ。誰だって延々と他人の愚痴なんて聞きたくはないだろう。でも桃が遮ったのは、単に愚痴を聞くのが嫌いだったから、というわけではなかった。

「あんたに良いところが何もないなんてことはない。そんな人間に俺は大事な相談はしない。俺は相談したのがレイで良かったと思っているし、レイがいて本当に良かったと思っている」

他のやつが言ったらクサくなりそうな言葉だけど、桃が言うと自然と胸に染みていった。

「嫌なことやうまくいかないことが多いと、自信をなくしがちだ。それは仕方ない。だけど、自分の価値を貶めることを口にしちゃいけない。言霊というものがあるだろ。口にした言葉は真実になってしまう、ということだ。あんたに何の価値もないなんて、そんなことは絶対ないのに、そう口にし続けていると、本当にそういう人間になってしまうことだってあるんだぞ」

「なんだよ、偉そうに」

年下のくせに、と茶化そうとしたけれど、桃の表情が真剣だったので、素直に頷いた。桃と別れて、さっきの言葉を反芻すると、力が湧いてきていた。それから、頑張れば俺でもあの子と桃の力になれるかも知れない、という自信も湧いてきた。確かに言霊というのはあるのかも知れないな。