いたずらな運命~信頼とエゴの狭間で~
俺は、あまりの衝撃にじっと話を聞いていたが、いかなる質問もないがしろにしない監督だから、あえて聞いた。
「俺は、まだ信頼に値しない人間ですか?」
「いいや、違う。至らない人間が山ほどいることが、当たり前なのだ。間違いは、誰だって犯すものだ。多くはその後立ち直り、間違いを訂正し、成長する。お互いを違う人間として認め合える。それができないと病気になる。妻はそれができない人だった。『得体の知れない通報者』として、また、正義感との間で苦しむことしかできなかった」
柔らかな春の日差しが一転したことを思い出した。おそらく、監督の奥さんもそういう思いを味わったのだ。忌まわしい詐欺師。憎むべき詐欺師。その男が夫と仕事をしていた。なかなか受け入れられない事実ともどかしさ。やたらと苛立つ。正義まで封印されかかっていた。何かしなくてはいけない。難しくはないはずだ。一一〇番にかければいいのだ。
──そうして、俺の犯罪がわかったというわけか。監督は言った。
「実は、脚本を依頼したときより妻の病状は悪くなってしまった。だから、君と仕事をすることは、今はできないのだ。妻の病気が治らない限り」
俺は顔を上げずに言った。
「俺の脚本はいかがでしたか?」
今は、ということは、嫌われたわけでも、脚本が悪いわけでもないのだ。なので、また聞いてみた。「最高におもしろかった」と、監督は言った。俺は顔を上げて、笑顔で言った。
「ありがとうございます」
お互いが信頼し合えたことは、大きな成果だった。だが、監督とはもう仕事はできない。俺は、深々とお辞儀をし、「今までありがとうございました」と言い、監督と別れた。
事務所に背を向けるといっさい振り返らずに、夕暮れの街を早足で歩いた。
なるようになれ。俺は俺で生きていく。最高だった過去には、さよならだ。恨みはないが、感謝だけでは終わりにできない。あまりに後味が悪かった。
ただ、いいことばかりじゃないのは、自分だけじゃないということは、わかった。人生はわからない。だが、わからないからこそ、まだ希望はある。この脚本を誰かに映画化してもらいたい。かなうものならもう一度、映画の世界に身を置きたい。
俺は、また一から始めなければならなかった。脚本をいろいろなコンテストに応募した。前科があるので、新たなペンネームで応募しようか迷ったが、今までどおり本名で応募した。たいした内容でないと言われようが、今は気にならない。映画が成功しようがしまいが、気にならない。映画になりさえすれば、いいのだ。それこそが、俺の再起だから。