彼は私にキスをする。コートの下の私の胸をやさしく撫でる。夜のパリのテラス席はこんなことが許されるのか。まあ、暗いしコート着ているし、ここで騒いでもみっともない。
そうは思っても、私はその手を離そうと彼の手に触れた。すると、すぐに彼の手は私の手を握りなおしてゆっくりと自分の股間に持ってゆく。そのあたりのスマートなこなしは、さすがフランス人だと思わずにはいられなかった。それを下品だとは思わなかった。
ただ、恥ずかしかったので私はすぐに彼の手を解いて自分の手を膝の上において下を向いた。彼が男性になっていることがわかって、どうしたらいいかわからなかった。
すると、花売りが小さなピンクの薔薇をセロファンにくるんで私たちに勧めてきた。彼が冷たく「いらない」と拒否をしている。私も彼にならって首を振る。やだ、この人見ていたのかな、私たちのこと。
レストランでの花売りなら、イタリアのフィレンツェでも経験した。やはり薔薇だった。あの薔薇はセロファンに包まれておらず、大きな真紅の大輪の薔薇だった。
パリのそれは、小さな蕾が開いたばかりのピンクの可愛い薔薇。フィレンツェが情熱の薔薇ならパリは恋を囁く甘い薔薇。お国柄を味わいながら、ちょっとプレゼントして欲しかった私だけれど、彼は花売りと話している気分ではなかったのかもしれない。邪魔するなよ、っていう顔をしていたような。結局私たちは話をしたり、キスをしたりを繰り返す。
私が伝えたいことをうまく表現できないとき、リヤードはいつも待ってくれた。わからないときは、聞き返してくれる。
「おかしいのよ。あのホテルの部屋ね、とても小さいの」
「どういうこと? よくわからないな」
「ほんとうに小さい部屋なの」
「小さい? なにが小さいの?」
「だから、スモールルームなのよ」
「ルームってなに?」
「え? だからルームよ。R-O-O-M」
「おお、ロウムね!」
彼はやっと意味がわかって、明るい声を出した。言語というものは、やはり難しい。私がこれまで使っていた英語のルームは、リヤードの発音ではロウムだった。こんないくつかの驚きと微笑みを交わしながら、パリの夜は更けてゆく。
するとリヤードが低い声で、唐突に私に言ってきた。
「I love you.」
なにか勢いか雰囲気での言葉に私には思われた。だから、私は「そんな、あなたは私を愛しているわけじゃないわよ」とはっきり言いきった。だって出会っただけよ。
彼は「ふむ……」と横を向いた。その様子は意思の疎通ができなかったからか、ためしに言ってみただけだったのかわからなかったけれど、そんなことはどうでもよかった。