「羅技よ、お前のやるべきこと……分かっておるな」
「はい」
和清はニコリとほほ笑み、羅技の肩をポンと優しく叩いた。
羅技は重使主、仲根と共に、馬に乗って里人達の住む集落へ向かった。里人を広場に集めると、羅技は大声で、
「今、この里に阿修の軍勢が押し寄せて来ている。我と父上。それと武人達はこの里の誇りにかけて全員死を覚悟で戦う!」
と叫んだ。すると里人達は口ぐちに、
「我等も和清様、羅技様と一緒に戦います。生まれ育ったこの里で死ねるのなら本望です。我等が足でまといになるのでしたら全員この場で命を絶ちましょう」
と士気を高めた。
ふと見やると、鍬を手に持つ幼い男の子と、鋤を持つ女の子が寄って来た。
「わたしたちも羅技様といっしょにたたかいます!」
羅技は馬から降りると、子供達を両腕に抱きかかえた。
「これは戦う道具ではない。大地から食べ物を得る為の大事な道具なのだ。人と争って血で汚してはならぬ。大地の神様がとても悲しむぞ。それに戦うのはわれら武人の役目である! 我の命に従っておくれ」
「羅技様と離れたくありません!」
突然、羅技は子供達を凄い形相で睨んだ。子供達は言葉を失い目から大粒の涙を流した。
「お前達は我の言う事が聞けぬのか? では、我はお前達を嫌いになっても良いのだな?」
子供達は羅技にしがみ付き、
「おこらないで下さい。いいつけを守りますから……」
羅技は子供達の頭を優しく撫で、
「よしよし、良い子達だ! 我はお前達を決して嫌いにはならぬ。さあ、親の元へ帰りなさい」
子供達は時々後ろを振り向きながら、走って帰っていった。
羅技は再び馬に飛び乗ると、里人達に言った。
「これより食糧倉を全部開け放つ。お前達はその中の全てを持ち出して翡翠山に通じる橋を渡り、森の中を抜けて他の地へ逃げよ」
羅技は、何時も森へ連れて行った若者達を呼んだ。
「トビ。シギ。カリ。ツグミ。あの森には、あちらこちらに底なし沼が有る! その場所を我がそなた達に全て教えた。追手が来てもそれらは全て沼に落ちるであろう」
若者達は大きく頷き、
「若様は重使主様と仲根様以外の武人をお連れにならなくて、森へ行く時には必ず私共にお声をかけて下さいます。それはこの為でしたか!」
と、カリが言った。
「何時かはこういう事態があるかもしれぬと思い、お前達を森に連れて行ったのだ。さあ、もう猶予はない。明後日の早朝には阿修の軍勢が来る」
「羅技様。宝物倉は如何致しますか?」
中根が聞くと、羅技は急に顔を顰めた。
「あの中の物は今後、つまらぬ諍いの元となるであろう」
羅技は家臣達に宝物倉を焼き払う様、命じた。
「宝物倉に火を放てー」
家臣達が四方八方から宝物倉に火を放つと、倉はたちまち焼け落ちていった。
「早くこの里から出ろー。翡翠山に通じる橋は、馬が一度に数頭通ってもびくともしない! 馬に食糧を乗せ、他に身体や足の悪い者や年寄を乗せてやれ! 馬は一頭残らず全部持って行くのだー」