―羅技の歌―
羅技と重使主、中根は乗っていた馬から降りると、里人に手綱を渡した。里人達は食糧倉の中にある木の実や米、塩が入っている袋を全部出し、馬に乗せた。それでも乗せきらない袋を里人が背に負うと、羅技はニコリとほほ笑み、
「お前達が全員橋を渡り切った後、橋を落とす。いかに阿修の者とて、そちらには行けぬ! さあ、早く橋を渡ってくれ」
なかなか橋を渡ろうとしない里人達に、羅技は地に両の手を付いて頭を深く下げた。
「ら、羅技様! 何をなされます! お止め下さい。どうか御手をお上げくださいませ」
里人達は羅技の姿に涙を流した。
「羅技様を困らしてはいけない。早く里を出よう」
里人の一人が言うと、一斉に声を上げて次々と橋を渡り始めた。
「重使主。他に遅れている者がいないか確認したのか」
「先ほど中根とともに見て来ました。全ての家には誰一人残ってはおりません」
里人達が全て橋を渡り切った時、羅技は自らの手で橋を補強している止め綱を切り、そして家臣達に命じて橋を落とさせた。対岸にいる里人達の「羅技様~。和清様~」という泣き叫ぶ声が虚しく響き渡る。
「皆の者、達者でなー」
羅技は里人達に別れの言葉を送ると館に戻った。
「阿修の奴等は何時頃この里に来るのでしょうか?」
中根が言うと、
「奴等は戦慣れしている。明日の早朝には来るであろう。父上が神殿で待っておられる! さあ、行くぞ」
と羅技は答え、重使主と中根も走って神殿に向かった。
丁度その頃、保繁達は里の一つ手前の山中まで来ていた。保些は国を出てから直ぐに胸騒ぎを覚え、胸を手で押さえ震えていた。懐には幸姫から受け取った髪の毛の束を包んだ紙包みが入っていた。
「明日の早朝には龍神守の里に着く。今暫しここで休むとしよう」
保繁は馬から降りると、その場に座った。
保些は父親の傍に来て、
「おやじ殿。私はこの軍から引かせて頂きます。妻の里を攻め落とす等、おやじ殿は間違っています。塩は私達の生活に必要な分無償で頂いており、翡翠は幸姫の婚儀の際、羅技殿が祝いの品として持って来たので十分でありませんか? 祝宴の時、羅技殿がお互い足らずを分け合い、この先は共に繁栄していこう! と、私と腕を架けて杯の酒を飲み干し、兄弟の誓いを立てたというのに……。今回ばかりはおやじ殿の命令に従えません」
「おのれ。保些」
「私は阿修のクニの保些。私に同意する者は一緒にクニに帰ろう。親父殿を畏れる事はない」
そう呼びかけると、名乗りをあげた数十名の家臣を連れてクニへ戻って行った。
「あの臆病者めが……。わしが阿修の里をこれまでに大きくしたのには、過去に苦く辛い思いをしたからだというのに。幼い頃から信頼していた友に裏切られ、一夜のうちに里を失い、さらに妻を連れ去られ、乱暴された。命からがらわしの元へ逃げて来た妻は小刀で首を切って自害したのだ。この戦乱の世は戦いに勝ち続けてクニを守る為に先に攻め落とさねばならん。一度でも気を許すと裏切られるからな」
ため息を吐くと悔しそうな表情を見せた。
「さあ、出立だー」