小笠原老人が熱い焙茶を持って来て、椅子に腰を下ろした。「先日は変なものをごらんになったでしょう」と悪戯っぽく笑った。
「は……?」
「私が長谷川女史に拉致された」
「ああ、あれですか、何か、随分と強引な」
「あの方もムチャクチャでしてね。お一人で淋しいでしょうし、家事も大変でしょう。いつでもお声をかけて下されば伺います。と、まァ、一方的で……」
「それは、ご迷惑でしょう」
「仕方ありません。適当に相手をしております。ああいう方ですので、あまりニベもなく扱うと逆ギレする恐れもありまして」
小笠原老人は笑っているが、私があんな女につきまとわれたら、とても我慢はできない。ストーカーとして警察に届けてもよいのではないか。
「これは内証の話なんですが」
小笠原老人は悪戯っぽく笑った。
「例の大村と彼女は交際しているんです。それですから余計彼女への対応は注意しております」
驚いた。確か先日私に悪態をついていた長谷川女史が、やって来た大村を見て、嫌な奴が来た、と言ったのを覚えている。それではあれはポーズなのか。双方が人に知られたくないので芝居をしているのか。
「あのいつも長谷川女史の後ろにいる小柄な女性ですが」
「ああ田中女史ですな」
「あの女性達の間柄はどうなっているのでしょう。田中女史はまるで長谷川女史の家来みたいで、いつも顎で使われている様ですが」
「どういう関係かは私も知りません。あの方はほとんど口をききませんし、よくわかりません」
私は今朝方目撃した光景を思い浮かべた。大村の部屋から辺りをはばかる様に出てきた田中女史。あの見る影も無い無口な老婆の内にあるものは何なのだろう。