鳩のミステリー・サークル

朝の五時三十分に工事は終了した。“警備報告書”に必要事項を記入し、“警備確認証”と併せて工事主任に提出した。確認証に承印を貰う。近くの電信柱の下にリュックサックを置いてある。そこで制服制帽を脱ぎ、ジャンパーとハンチングに替えた。私の勤めている会社は、制服制帽を着けたままでの現場の往復を禁じている。面倒だが仕方がない。

着替えてから会社に電話をして下番報告をすませ帰宅した。駅に近いのと家賃が安いのが売りのアパートの、二階の部屋が私の住居だ。台所と居間しかないが、年寄りの一人暮しには充分だ。

ジャンパーとハンチングを脱ぎ、サイフォンに少し多目にコーヒーの粉を入れ、トースターに食パンを一枚入れ、バターとジャムをテーブルの上に並べる。コーヒーが入るとマグカップとデミタスカップに分け、デミタスカップの方を仏壇に供える。妻の位牌と写真に、来月の祥月命日には、息子の一家とお参りに行くからと話しかけた。

朝食をとりながら墓参りの心覚えをする。寺には十一時に行くからと知らせてある。息子の一家とは寺の門前で待ち合わせた。花は寺に頼んである。供え菓子は当方で用意して持参、卒塔婆は息子の分と二本で六千円。布施は法事ではないので五万円でよいだろう。昼食は雷門の近くの座敷のある料理屋を予約してある。二人の孫にあげる小遣いのポチ袋を忘れずに買っておくこと……。

眠気がさしてきたので居間のベッドでゴロ寝をする。朝日がベッドの上にさし込んできて快い。昼頃に電話でおこされた。会社の吉田という係りの女性社員からだ。

「仕事入ったわ」

吉田はいつもの早口で言う。

「明日から十日間、現場は深町公園。知ってるでしょう?」

「ああ知っている。大きい公園だ。そこで何をするの?」

「業務内容は明朝九時に施主の担当の人が直接伝えるって。あ、施主は役所よ」

「役所の仕事か。それで拘束は?」

「朝九時から夕六時、休憩一時間で実質八時間。オーケイ?」

「了解。で、相棒は?」

「野原さん一人」

「おいおい、何をするか知らないがあそこは大きい公園だよ。私一人じゃ無理だと思う」

「施主の予算があるもの、仕方ないじゃない。とにかく明日、施主の担当の人に聞いてこっちへ連絡ちょうだい。オーケイ?」

「わかりましたよ」

「それと交通費は出ないから」

「おい、よせよ」

私は驚いて受話器を持って立ち上がってしまった。