夢心地のままお洒落な世界に迷い込んだ私は午後十時に彼の店へ入っていった。何組か食事をしていたが、ピークは終わったようだった。気のせいか、この時間から新客は歓迎されない雰囲気もあった。いつもの若いスタッフがオーダーを取りに来たけれど、「何にする?」とちょっと困った表情だった。

私は昼食も遅かったことだし、このあと、彼と食事するかもしれないと勝手に想像してスープを注文し、それだけでいいと告げる。するとその若いスタッフはにっこりしてキッチンに戻り、首を出してオーダーが気になるコックにスープだけだと告げているのが見えた。コックはほっとしたような笑顔だった。ムッシュがやってきて「こんばんは、元気?」といつもの笑顔で食前酒を私のテーブルに置き、

「ワインは白?」と聞く。

「ええ、白ワイン」それくらいなら私もフランス語で応えられる。

「今夜はあいている?」

彼が念を押すので、私は、

「大丈夫よ。ここで待たせてもらっていい?」

とたどたどしい英語で聞くと、「いいよ」との返事が返って来た。だって外はもう怖い。勝手がわからない異国だもの。それは彼にも、店のスタッフにも理解してもらえたかどうかわからないけれど、とにかくお店が閉まるまで私はスープを飲み、ワインも飲み、外国人から見れば物珍しいであろう鶴を折りながら時間をつぶした。今から思うと至福の時間だった。

折紙の羽根に夜長を閉ぢ込めて

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『Red Vanilla』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。