昼食を美代子シェフの店でとり、客が多かったので彼女と話すのを遠慮して公園に戻った。

ベンチに腰を下ろすと、足下に鳩が一羽飛んできた。続いて二羽、そして一羽と舞い下りてくる。

そのうちに飛び去ると思っていたら、増える一方で、十羽以上になった。彼等はどこから来るのだろう。私は空を見上げた。澄んだ青空の片隅を切りとるように公団住宅の上部が見える。公団住宅に屋上施設はない。そこが鳩達のねぐらになっているのか。

パトロールをはじめた。陽はあたっているのだが風が冷たい。そろそろ携帯のカイロを使用するか。

そこへ公園課の小原係長がやってきた。相変わらずのオレンジ色の役所のジャンパーで、よく目立つ。

「野原さんの推測通りでした」

挨拶もそこそこに彼は告げた。

「今朝の鳩はカラスにやられた公算が大です」

「そうでしたか。確信は無かったんですが」

「はい。契約している獣医さんに見てもらいました。それでこれはお願いしたパトロールの件とは関係ありませんので、どうぞお気になさらないで下さい」

「わかりました」

それを知らせる為にわざわざ自転車をとばして来てくれたのか。私は頭を下げた。

「お気づかいを頂きました。本当に有難うございます」

「いえ、そうお気になさらずに。それより何か野原さんに悪態をつく人間がいる、と聞きました。さぞ不愉快なことでしょう。余りひどいようでしたら、私共へご連絡下さい」

「有難うございます。でも大丈夫です。この仕事をしていますと、けっこうあることでして、慣れています」

「そうですか。実はあの方達は札つきで、役所へもかなり頻繁にクレームをつけにきます」

「大変ですね、お役所も」

「私共は立場上仕方ありませんが、野原さんに直接何か言うというのは筋違いです。その様な場合はどうか遠慮なさらずに私共へ申しでて下さい」

そう言って頭を下げると役所へ戻っていった。それにしてもこの人の我々に対する態度には頭が下がる。えらぶらず丁寧で、必要事項は隠さず教えてくれる。今日迄何度も役所関係の仕事をしてきたが、この様な人は初めてだ。この人が担当の仕事をしているのだ。あんな連中に悪態をつかれるぐらい我慢しなくては……。

四時を廻ったら急激に気温が下がってきた。風も強くなってきた。私はリュックサックからセーターを出して制服の下に着込んだ。

と、そこへ小笠原老人が再び顔を見せた。珍しく駅の方から歩いてきたから、買物にでも行ったのか。

だが何となく硬い表情が気になる。

「お願いがあるのですが」

いつも通りベンチに腰を下ろし、ステッキを立てて上に掌を重ねる。

「明日、お仕事が終った後、何かご予定がありますか?」

「いえ、別に。帰って寝るだけです」

「それでは私のところへお立寄りいただけませんか。どうも野原さんとお喋りするのが楽しくて。お願いします」

「恐れいります。そういうことでしたら、喜んでうかがわせていただきます」

「有難う。それではこれが私の住まいへこられる略図です。八階建てのマンションの三階で三〇七号が私の住まいでして」

手書きの地図を渡してくれた。

「よろしく」

小笠原老人は例のごとくベレー帽の縁を少し上げて挨拶として立ち上がった。