第1章 帰還
ウラシマは人類がボイジャーを飛ばして以来太陽圏外に飛び出した初めての宇宙船であるので、ウラシマのコンピューターには飛行観測データを地球に発進するようにプログラムされていた。
今はウラシマが存続できるかどうかの分岐点であるにもかかわらず、ウラシマは観測データの送信を優先する宿命になっていたのである。
「本船の構造データは日本国国会図書館に送ってあります。本船を捕獲することはできるでしょうか。本船が自力で軌道を修正する能力はもはや残っていません。できることなら本船を是非捕獲していただきたい」
「ウラシマ、現在日本国はすでに存在しません。貴船のデータも4万年以上前のことであり、存在するかどうか確認できません」
ウラシマは4万年という歳月の流れを、帰還の嬉しさのために理解できないでいた。ウラシマの中にいる乙姫の脳裏には出発したときの思い出が巡っていたのである。
「ウラシマ、構造データを持っているならこちらに送信願います」
「了解、本船の構造データの送信を開始します」
ウラシマのメインコンピューター内の仮想人物乙姫はこの段階では出発した時点の人類がすでに消滅し、新たに第三世代の人類ニューホモサピエンスが地球の支配者になっていることに気付いていなかった。
人類はウラシマが出航後、何度も起きた破局的な自然環境の変化の中で進化を遂げていたのである。
しかし、人類が開発した科学技術や文化はその新たなホモサピエンスに引き継がれていた。
「地球防衛隊、まもなく本船は惑星周回軌道から離脱します。2年後楕円軌道を描いてから、もう一度だけ火星の近くを通過しますが地球軌道に入る燃料もなく、コンピューターの起動電源もありません。もはや自立走行能力が残っていません。必ずそちらで本船をキャッチしていただきたい。キャッチできなければ、本船は再び宇宙のかなたへと永遠の放浪の旅に出ることになります」
地球防衛隊は「当方も確認できています。こちらも今護衛機を発進させました」と言うと、ウラシマ「本船の内には出発時の4万年前の動植物の標本細胞が1万点保存されています。人間の再生細胞も保管されています。必ずキャッチして救援してくれることを願います」
「ウラシマ安心してください、必ずキャッチして見せます」