「野原さんは、失礼ですが奥様は?」
話題を変えて訊いてきた。
「三年前に先立たれました」
「あ、つらいことを思い出させました。すみません」
「いえ、そんなお心づかいはどうぞ、なさらないで下さい」
「有難うございます。お子様方は?」
「はい。息子が一人おります。横浜で世帯を持ちまして、孫が二人おります」
「それは。男の子さんですか?」
「上が女で下が男です」
「可愛いでしょうね」
小笠原老人はステッキにすがるように立ち上がった。
「どうも野原さんですと、お喋りになってしまいます。お仕事のお邪魔だったのでは?」
「いえ、邪魔どころか、お話できて嬉しいです。どうぞお気をつけて」
私は公園の出口迄送った。
小笠原老人は例のごとくベレー帽を少し傾けて挨拶して、国道を帰っていった。
昼食を美代子シェフの店でとり、客が多かったので彼女と話すのを遠慮して公園に戻った。
ベンチに腰を下ろすと、足下に鳩が一羽飛んできた。
続いて二羽、そして一羽と舞い下りてくる。
そのうちに飛び去ると思っていたら、増える一方で、十羽以上になった。
彼等はどこから来るのだろう。
私は空を見上げた。
澄んだ青空の片隅を切りとるように公団住宅の上部が見える。
2公団住宅に屋上施設はない。
そこが鳩達のねぐらになっているのか。
パトロールをはじめた。
陽はあたっているのだが風が冷たい。
そろそろ携帯のカイロを使用するか。
そこへ公園課の小原係長がやってきた。
相変わらずのオレンジ色の役所のジャンパーで、よく目立つ。
「野原さんの推測通りでした」
挨拶もそこそこに彼は告げた。
「今朝の鳩はカラスにやられた公算が大です」
「そうでしたか。確信は無かったんですが」
「はい。契約している獣医さんに見てもらいました。それでこれはお願いしたパトロールの件とは関係ありませんので、どうぞお気になさらないで下さい」
「わかりました」
それを知らせる為にわざわざ自転車をとばして来てくれたのか。
私は頭を下げた。
「お気づかいを頂きました。本当に有難うございます」
「いえ、そうお気になさらずに。それより何か野原さんに悪態をつく人間がいる、と聞きました。さぞ不愉快なことでしょう。余りひどいようでしたら、私共へご連絡下さい」
「有難うございます。でも大丈夫です。この仕事をしていますと、けっこうあることでして、慣れています」
「そうですか。実はあの方達は札つきで、役所へもかなり頻繁にクレームをつけにきます」
「大変ですね、お役所も」
「私共は立場上仕方ありませんが、野原さんに直接何か言うというのは筋違いです。その様な場合はどうか遠慮なさらずに私共へ申しでて下さい」
そう言って頭を下げると役所へ戻っていった。
それにしてもこの人の我々に対する態度には頭が下がる。
えらぶらず丁寧で、必要事項は隠さず教えてくれる。
今日迄何度も役所関係の仕事をしてきたが、この様な人は初めてだ。
この人が担当の仕事をしているのだ。
あんな連中に悪態をつかれるぐらい我慢しなくては……。