5、

だがそれでもデッドロックに陥る

受信が途切れる 混線が生じる 発想が止まる 魚群が離れる 眠たくなる

そのときどうするか?

再起動をかける

バグを払い

アタマを真っ白にする(浮上するためにどん底に沈む)

そのために

用意していた

素焼きの皿と鍵束の出番だ

いいですか 素焼きの皿の真上三十センチ

左手の親指と人差指でしっかりと鍵束をつまみなさい

つまんだら そのまま眠ってしまいなさい

そうきみは眠る 眠りこける その瞬間だ

ゆるんだ指先から鍵束が 素焼皿に落下するだろう

大音響に ハッとして きみは目を 覚ますだろう

その刹那

それはくる

やってくる

思考とは異なる意識の場からやってくるのだ

ある一定の意識の条件のなかで相手の方から降りてくるのだ

ありありと知覚されるのだ

どん底に喘ぐものへ 絶望で張り裂けそうなものへ

天からの贈り物のように

精妙な音や色や匂いや感触を伴うコトバとして…

考えに考えてきた構想

馬上枕上厠上 思いついた着想

その全体と部分

それらすべての履歴が

詩の構造となり

物語となって見えてくるのだ

6、

やがて…

牡丹の莟がほぐれる

夜が明ける 

そして

机の上に

一篇の詩ができあがっている

その隣りに

眠りこけている

きみがいる

そうだ

きみは今この世界のただ一人の詩人として

朝を迎え 微かな鼾をかいて 眠りこけているのだ

よかったね

詩の完成だ おめでとう

まったくね 詩人の才能ってなんだろうね

考えるちから 考えないちから 待ち続けるちから 明け渡すちから 受けとるちから

そして絶望に耐えるちから 時間待ちの放蕩に耐えられる体幹力だろうね

殆どの詩人は原稿用紙を埋める前に朽ち果ててしまうからね

ところで次の締め切りはいつ?

【あとがき】 

私は当時、電通のCD、クリエイティブディレクターだった。トヨタやソニーやライオンのテレビや新聞広告キャンペンを担当。

チーム作業ではあるが最終的な内容はCDが発想し決断する。そして、その発想にはプレゼンテーションの締切り日までいつも迷いに迷う。当時の築地の電通本社から築地警察の向う側、首都高よりに大正期に建てられたままの「つるよし旅館」があった。

私には締切りに追いつめられると、麻雀をうち、銀座で酒を飲み、一人になって「つるよし旅館」で徹夜、という定番の悪癖があった。出版の締切りも絶対だが、広告もおなじ。そのプレゼンテーション競合で何十億、という扱いが動く、そういうプレッシャーの日々だったから却って、「つるよし」という古い旅館が切羽詰まった徹夜の仕事場として有難かった。

あのおばさんも、マッサージさんも。そしてそこに座ると必ずなんとかしてくれたあの小机も。