どん底発想論【デッドライン旅館を知ってるかい?】
——サルバドール・ダリ「描けない人のための発想法」へのオマージュ
どん底に
落ちてしまったの?
それじゃあとは浮かぶしかないよ
1、
答えは
絶体絶命にならないと
出てこないよ
発想は
締切りにならないと
浮かばないよ
溺れる人は
息をしようと焦るから
からだが浮かばないんだよ
波に身を
任せてごらんよ
ほら からだが勝手に浮かんでしまうだろう
そのように
考える人は考えるだけで考えをやめることができないから
コトバが浮かんでこないんだよ
考えに考えて考えて考え果て
締切りに追い詰められて祈り果て酔い果て遊び果て疲れ果て自分に絶望して
真夜中の月が痩せ誰もいない首都高の傍をよろよろと歩かないと
あの霧のなかの
デッドライン旅館に
辿り着けないんだよ
扉を叩く
西日に温まった畑の土のような女の声が
返ってくるだろう
おそいわねえ また酔っぱらってるの
しょうがないひとねえ
部屋あけてあるよ
「按摩さん呼んで」
いま何時だとおもってるの
おとなしくねなさい
突きあたりのない薄明かりの廊下をいく
その襖をあける
饐えた畳の匂いがする
ここが
人と異界
人と詩との出会う場所
天人修羅畜生餓鬼地獄から
放たれる言葉の炎の
噴出口
床の間に 牡丹一輪
机の上に 原稿用紙 6Bの鉛筆二本
鍵束一つ 素焼の皿 一枚
しょうがない
机の前に坐る
一応 鉛筆をつまむ
まだ
酔っている
自分に改めて呆れ果てる
締切り前の
原稿用紙が
白い砂漠のようにひろがっている
考えが
まったく浮かばない
その代わりに
人は死んだら
どうなるのか
などとちらっとよぎる想念
ふうっ
情けなさに 長い 溜め息を吐く
ぼんやりしてくる うとうとしはじめる 頭が机につきそうになる―