今回のコロナ感染防止のため、休業の対象となる業種が発表される瞬間を息をひそめてみていた。学校などの教育施設、劇場や映画館、博物館や美術館や動物園など展示施設、飲食店、生活必需品以外の小売店舗など。それに続いて、百貨店や駅ビルなどの大きな商業施設が早々と休業に対応したことをニュースが報じていた。美容院はどうなるのか俺は注視していた。
最初は、飲食店や商業施設と同様の方向とささやかれていたが一転、「安定的な生活を営む上で必要な事業」となり休業の対象とはならなかった。
想定外の方向転換だったが、そんなことを言っている暇はなく、すぐに対応を決めなければならなかった。自主的に休業するのか、しないのか。安定的な生活を営むために必要といっても、どの美容院もがら空き状態なのに、本当に必要なのか? 前例のない高い波が立ちはだかり、大波小波が次々に渦巻き、先は見えなかった。
大手ヘアサロン各社は対応が早く、すぐに休業を発表した。大手の場合は、立地的に商業施設に入っているから足並みを揃えるだろうし、沢山の従業員を抱えているからサロン内で感染されても困るだろう。一カ月くらい店を閉めても、本部の後ろ盾があるから給与も生活も守られる。俺も大きくやっていたら休業していた。
俺はオーナーとして、スタイリスト一人を雇い、自らも美容師として小さいながらも店を経営している。スタイリストは小さな子供がいるので、午後四時までで顧客の対応のみだ。他の店では受付やシャンプーをスタッフに任せるところが多いが、俺はスタッフは雇わず、電話から最後のお会計までの一連のサービスを自分でやってきた。
そうする方が、シャンプーで頭に触れることで身体の調子が感じ取れたり、電話で直接話すことができたり、お客さんのことがよくわかるから。スタイリストも同じように一人で顧客の対応をしてきた。
そんな小さな美容室だから店の中が密になることはない。しかし、いまこんなに感染が広まる状況で安全を確保できるか、正直自信がなかった。自分が感染してお客さんにうつしたりしたら、サロンで感染したなんて噂がたったら……、それこそ店を維持できなくなるかもしれない。そんなリスクを避けて休業することはできる。この先数カか月の生活費をまかなうくらいの金はもっている。
――やはり必要としてくださる人がいるかもしれない。
髪を切りたいと思ってここに来たのに、店が開いていなかったら残念だろう。それが一人でも申し訳ない。俺にとっては一人が全部だ。ここに来た一人 ひとり、どんな人でもその人の願うスタイルをかなえたい。
近年では、海外からの観光客が外の看板をみて飛び入りで入ってくることが増えてきたから、ビデオ通話スカイプで英会話を習いだした。あの勉強嫌いなこの俺が!
中学生のレベルからだし、顔を見て話すのはどうも照れくさいので画面をオフにしている。英会話も二年が経ったが、まだ初級レベルで道の尋ね方や答え方をやっているが、少しは進歩しているらしい。急に英語で電話がかかってきたり、店に入ってきた観光客に英語で話しかけられたりしても、動揺しなくなってきた。
なんとなくわかったような感じで相手に合わせるのは嫌だった。だから相手の言っていることをしっかり英語で理解できるよう 頑張った。最近英会話の先生から教わったのは「もう一回言ってもらえますか?」だ。
これは使える。急に相手が言ってることがわからなくなったら、これを使えばゆっくり話してくれるんだ。以前は、俺が 言葉が出てこなくて黙りこくっているから、不機嫌に見えていたらしい。