点がある
群れには中心点がある
中心点を灯にして群れが群れて渦巻をつくる
その中心の炎を消す
どうなる
暗闇になる
一瞬 渦巻が止まる
あらたな中心に灯が入るまで
群れは群れとしての力を失うだろう
その停止と復元の間の短い空白を次の群れの
灯を消すために使えるではないか
武蔵は革袴下緒の襷額の汗止め柿色手拭に手を触れる
草鞋を通して足裏に届いてくる感触を確かめる
地を踏み込み地を捻り地の力を感受する
その足首が柔らかい
太腿が温かい
柔らかに握る
鍔先三尺八分の重さ
瞑目して四肢を点検する
筋肉を硬くするのは気負い
関節をしなやかにするのは自信
感覚を明晰に澄ましていくのは力量
猫科の獣のように群れに近づく
競技歌留多の選手のように全身を耳目にし反射神経を研ぎ澄ます
例えばsの音の出の間際でsのその先を聴きとる 見切る
そのsとはつまり 白露に風の吹きしく秋の野は その白露のsか
否 忍ぶれど色に出でにけりわが恋は その忍ぶれどのsか
その先を聴くか聴かぬか
生死を分ける0コンマ未満の未来予知
身体という弦の震えのsの出の瞬間 武蔵はその動きを読み太刀を浴びせる
川上哲治はそのときボールが二倍の大きさに見えたと言う
武蔵の目には相手の動きがスローモーションで見える
吉岡一門がつくっている群れの点が見られている
sもtもmもwもその出方が読まれている
もう寅の下刻か
一の太刀植田良平は
放ってある先触れの知らせを待って内心の焦りを隠している
来るのは夜明けか
それとも陽が上がってか
だがそのとき
猫科の摺り足が間合いを見切って止まった
地を踏みしめる
バネを絞る
跳躍するのか
と思ったらそっと動いた
肩先に囁く
「吉岡どの武蔵である」
名目人吉岡七衛門が見上げたとき
その首は飛んだ
植田が太刀を抜く前に
袈裟がけにする
反転して
棒立の
胴を払う
頭頂を割る
驚愕に見開かれる植田の眼 立ち上がろうとして崩れ落ちる膝
声を失う面々
闇のなかに立つ武蔵五尺八寸五分
力は見られることから
驚嘆の眼で見られることから
戦慄の眼で見られることから立ち上がる
それが身をしなやかにする心を柔らかにする
鬼を鬼にする
群れの動揺が怒号に変わったとき
武蔵はもういない
樹間の闇を
疾走している
自分を消している
群れの動きを「森の眼」で鳥瞰している
帰納し演繹して直観がその先を走っている
己の拍動を確かめ逆流する血を慰撫している
摺足を這わせ地の力を足裏から受けとっている
不意に止る振り返る怒号し追走してくる先端の一人にこっちから突進する
東紅四朗に一瞬の戸惑いが疾るもう間にあわない胸元に激突され一刀で斃される
振り向き様ついてきた一人を払う真横からくる一人を逆刀で突き抜く退路を塞いでいる
一人に跳び込む肉を斬る骨を断つ 今が過去になる過去が次々に今を追いかける次々に今がきて次々に今が過ぎ今に留まっていない今の先の今を走っていなければならない何十もの
刃の前を摺足で行き地を掴み音もなく走れ次の点へ次の点へまた次の点へ詰めて退き
退いて詰め退いて追う前後左右へ 答えは一つじゃない 地の力森の霊気を受け
一対一に群を誘え一対一に群れと向き合え
今というimaのiを走れ無常に変化しつつある
imaのiを読みimaのiを斬れimaのiに命を預けimaのiに
変化せよimaのiを生きよimaのiに念を込めimaのiを存分に生きよ
imaのiが導きimaのiが太刀筋を決めるimaのiを呼吸せよimaのiに
没入せよ過ぎ行く今を追いかけてはならない過ぎ行く今を惜しんではならない
答えは一つじゃない答えは決して一つじゃない
一つじゃない