すなわち、彼が何か提案をしたら「さすが、Aさんですね。こういう素晴らしいアイデアはAさんでないと出てきません。普段から何事にも問題意識を持っておられるからこそ、できることですね。(中略)本当にAさんには感服致しました。素晴らしい!」といった具合にA氏をほめまくるメールを、意図して上司を含めた関係者全員に送るようにしたのです。

「ほめ殺し」という言葉がありますが、私は、その「ほめ殺し」を徹底的に行ってA氏に対抗したというわけです。

そして、私の予想通り、この方法がA氏に効いたのです。しばらくすると、A氏から「あなたに自分をほめまくるメールを打たれると、非常に不快な思いがする」というメールが届いたのです。

そこで、私は黙って「ほめ殺し」をやめました。そうすると、面白いことに、自然にA氏も私を否定しなくなりました。私を否定すると、「ほめ殺し」の逆襲があると気づいたのです。さすがにA氏も「ほめ殺し」には参ったようでした。

こうして、ようやく私は、あんなに私を苦しめたA氏の攻撃から逃れることができたのです。あんなに苦しんでいたのに、A氏が私に「イエス・バット」のゲームを仕掛けていることがわかった途端、事態は一気に解決へ向かったというわけです。

この体験は私に多くのことを教えてくれました。特に、心理学の手法である「ゲーム分析」の効果を経験できたことは非常に大きな財産になりました。

ただ、一つ残念だったことは、前述のように、この体験が私のエンジニアとしてのキャリアの終盤の出来事であったため、そのときには私のストレス体験の多くは過去のものになっており、私はそれらに対して「ゲーム分析」を活用することができなかったことです。

しかし、私は、この体験は多くの人のお役に立つのではないかと考えました。

そこで、この体験から心理学に興味を持った私は、会社を定年退職した後、専門の先生から臨床心理学の講義を受け、また心理カウンセラーの民間資格を取得したのです。現在は技術コンサルタントの仕事をしながら、心理カウンセラーの仕事も行っています。そして、私の体験を皆様に伝えたいと思い、本書を執筆したというわけです。

さて、読者の皆様のなかには、A氏のような人間に悩まされた経験をお持ちの方がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?

世のなか、特に職場といった閉鎖社会のなかには人間関係に起因するストレスがあふれています。しかし、私自身もそうでしたが、ほとんどの人はそのストレスにどのように対処すればよいかわからず、ただ耐えているというケースが多いのではないでしょうか。

しかし、職場の人間関係に起因するストレスは、先ほどのA氏の事例のように、ゲームによって引き起こされていることが多いのです。すなわち、職場の人間関係のストレスの多くは、あなたに関係する人間が仕掛けたゲームという罠によって発生しているのです。このため、ゲーム分析で自分にどんな罠が仕掛けられているのかを知ることによって、ストレスの対処方法を見つけることができるのです。