第一章 宇宙開闢の歌
「あっ、あの男は……」
内山が笹野の傍らでつぶやいた。
「どうしたんだ、あの涯鷗州がどうかしたのか?」
「笹野さん、やっと見覚えのある日本人に出会いましたよ。あの涯鷗州と名乗っている男、十二、三年ほど前に日本から行方をくらました、独立プロ系映画の監督、山野辺雄造です。間違いありません。あれからどこで何をしていたのか、雰囲気がすごく変わりましたが、このインドでお目にかかるとは思ってもみませんでした」
「やまのべゆうぞう、か。僕には全然覚えがないが、とにもかくにも、日本人であることに間違いはなかったわけだ。この映画は実に興味深いものになりそうだぞ」
最後に司会者は涯鷗州のすぐ右隣に座っている白人を紹介した。
「アメリカはハリウッドP社のアイザック・ハマーシュタイン氏です。氏によってこの映画の全世界公開の道筋がつけられたといって過言ではないでしょう」
ハマーシュタインはおもむろに立ち上がったが、その際、ハービク撮影所長と涯監督に軽く会釈を送った。想像していた以上に温厚なふるまいだった。会場のボルテージが急激に上昇していくのが笹野たちにも判った。
司会者は、現在撮影されている映画の現状をかいつまんで説明し、いよいよ会見に入った。
挙手で先頭を切ったのは、最前列に陣取っていたニューヨークジャーナルのワイズマンだった。カメラの放列、シャッター音の連続の中で彼が質問をぶつけたのは、言うまでもなくハマーシュタインへであった。手にしたハンドマイクで彼はこう切り出した。
「ニューヨークジャーナルのデービッド・ワイズマンです。P社のハマーシュタインプロデューサーにお聞きします。インド映画といえばまずムンバイのヒンディー語のボリウッド映画を思い出しますが、ここ、コルカタのベンガル語映画に技術的とはいえ、投資なさったのは何故なのか、ハリウッドの六大映画社のトップP社が投資するにはやや相手が小粒ではありませんか? なぜ、ボリウッド映画を差し置かれたのか、そのことをお聞きしたい」
ハマーシュタインは目の前のスタンドマイクからマイクを抜き取るやおもむろに答え始めた。
「なるほど、君たちマスメディアにはそう見えますか。私はP社を代表するものではないから、一概にそう決めつけられても答えに窮する。しかし、これだけは言える。ここ、コルカタで今製作されている映画は世界映画史上類を見ない問題作、大傑作になると固く信じる。なんとなればコルカタで作られるからだ。
ムンバイではこうはいくまい。ムンバイのボリウッド映画とはすでにU社、F社などが提携を結んでしまっているし、P社の出番は限られている。P社としては一過性の娯楽作で実を取るより、後世に名を遺す道を選択したまでだ」