その時は奥さんの笑い声が気になったが、髪が伸びるころにはそんなことも忘れて、またふらりとその店に立ち寄る。
耳元あたりで鋏をシャキシャキやりながら、
「この間ね、同業者が無理心中したんですよ」なんて、奥さんは楽しそうに話し出す。
「重い病気を抱えて、余命いくばくもなくて、でも一人で逝くのは恐かったんだかなんだか、ある朝、なんにも知らない奥さんの喉をこれで」
と言って、持っていた鋏を鏡越しに私に見せて、「それから自分も」と、そこでまたなぜか高らかに笑う。
そして再び耳元でシャキシャキやりながら、
「ちょうどその時、奥さんは植木に水やりかなんかしてたそうで、まさか自分がそんな目に遭うとは夢にも思わなかったんでしょうねえ」
と言って、もう一度高く笑い声をあげる。
間違っても私の喉を商売道具でぶすりと刺すことはあるまいが、なんだかヒヤヒヤする。
そしてもし、水やりではなく、その人の奥さんが植木の剪定をしていたなら、植木鋏で応戦して、結果が違っていたかもしれない、などといらぬことまで考えてしまう。
また別の時には「こないだご近所の方が宝くじ当たったんですって。百万円。すごいでしょ。だから私もね、言ったんですよ、すごいわねえって。でも、そういう時って、なんにでも当たるもんだから、気を付けた方がいいわよって、そう言ってあげたんですよ」聞いていて、私には意味がよくわからなかった。
「そしたらね、やっぱり当たっちゃったんですって、車に。そこの交差点で」
そこでまた高らかに笑う。私は思わず奥さんの顔を見た。
「今、だから入院中ですって。当分出て来られないみたいですよ。世の中そういうもんなんですねえ」
奥さんは機嫌よく鋏を使っている。
百万円と、当分病院から出て来られないような交通事故は釣り合うのかどうか。
いや、そういう問題ではなくて、しかし、どう考えてもこれは悪意だ。
なのに本人は悪びれる様子もなく、ただただ楽しげだ。
奥さんはその宝くじに当たったという人が嫌いだったのだろうか。