カルロスはその子犬に「フィオリーナ」という名前をつけた。フィオリーナとはイタリア語で「かわいい花」という意味だ。
ロットワイラーは、元々牛を守るための牧畜犬で、責任感があり、体も大きく、力も強い。しかし、黒と茶色の毛におおわれ、耳が垂れた子犬のときの姿は、まるで大きな動くぬいぐるみだった。カルロスと大きなぬいぐるみのようなフィオリーナはいつも一緒だった。
牧場の仕事をするために飼われているほかの犬たちは、家の中に入れなかったが、フィオリーナだけは自由に家の中へ入ることができ、夜はカルロスのベッドの下で眠った。カルロスとフィオリーナは毎日牧場で遊び、夕方になると、こんこんとわく泉で水を飲んでから家に帰るのが決まりだった。
その日も、太陽が傾いてきたのでカルロスはいつものように、フィオリーナを泉へ連れていった。フィオリーナが四本の足を水の中でふんばり、水面に口を近づけておいしそうに水を飲んでいる横の草がゆらゆらと小さくゆれたように見えた。
「キャン」
フィオリーナが鳴いた。びっくりしたカルロスが駆けよると、一ぴきの蛇がするすると逃げていくところだった。
「フィオリーナ。どうしたの?」
縮めた後ろ足からは、血がたらたらと流れている。フィオリーナはその足を痛そうに引きずりながら、懸命に歩こうとするが、そのたびにふらふらと倒れてしまう。カルロスはフィオリーナを抱いて、家に向かって走った。
カルロスの小さな体に、フィオリーナは大きすぎた。それでも、カルロスは何度もフィオリーナを落としそうになりながら、必死に走った。