トモ君
この時期に、同じ病室のトモ君と友だちになった。彼はあのO君と同じ白血病だった。週末になると必ず外泊していたが、トモ君の親は殆ど来ることがなくて、僕はトモ君の両親の顔を見たことなかった。なぜかはわからなかったが、あるときトモ君がボソッと言った。
「僕はもう親から見放されたんだよね。だから1回も面会には来ないし、弟のほうをかわいがっているし、お腹にはもう子どもがいるんだよ」
何とはなしに語るトモ君の様子に、子ども心に「トモ君カッコイイ」と思ってしまった。いまにして思えば悲しく同情すべきことだけれど、何でも一人でこなすトモ君が格好良く見えた。病棟調理室で夕飯を勝手につくり食べる姿、黙々と一人帰る支度をする姿に何だか憧れた。
そして、トモ君はとても優しい。ラジコンを病室のなかで走らせて遊んでいたときのことだ。病室に入って来た看護師さんの靴の踵にラジコンがカツンと当たってしまった。僕が「ごめんなさい」と言うか言わないかの瞬間に、看護師さんは顔を真っ赤にして鬼の形相で「痛いじゃない! 何すんのよ!」と絶叫し、ブリブリ怒りながら病室を出て行った。
僕は半泣きになり、一部始終を見ていたトモ君は、「何だあれ! 酷くねーか! あんなに怒るなんてないよな! ちょっと文句言ってくる、待ってな!」と一人苦情を言いに行った。病室に帰ってきてもトモ君は、「酷いよな、まったく! 気にしなくていいから」と言いながら自分のベッドに戻って行った。その後、その看護師さんは2度と小児科病棟に現れることはなかった。
トモ君は、よく東京医科歯科大学病院の学生食堂へ唐揚げランチを食べに行っていた。僕は、本当は食事制限があるからだめなのだけれど、何度もトモ君と一緒に学生食堂に行った。唐揚げランチは380円だった。お見舞いのお金をもっていたから金銭的にはそんなに不自由しなかったのである。学生食堂や学生売店で食べてはいけない物をたくさん食べた。良い思い出だ。