デート

「私はオスカル=クロード・モネと申します。あの、あなたの絵の両側に飾っていただいた海景画を描いた者です」

クロードの物腰はかつてないほど丁寧だった。ムッシュー・マネは優しげに微笑む。

「そう、君が。アンリとね、ああ、こちらはアンリ・ファンタン=ラトゥール。彼の作品もこの会場に展示されているんだが」

「拝見しました。非の打ちどころのない完璧な技法ですね。素晴らしい花です」

ムッシュー・マネはいよいよ優しい顔をした。この展示を見た瞬間からクロードが示していた興奮は、喜びによるものだったのだとカミーユは理解した。

クロードはこの年上の画家を尊敬している。その彼の絵の両側に自分の絵が飾られていたことが単純にうれしかったのだ。

「二年前の『水浴』も、そしてこの『オランピア』も実に素晴らしい!」

クロードは興奮のあまり、ムッシュー・マネに握手を求めていた。

「これからの絵画はこうでなくてはいけません。現代を切り取ったものでなければ!」

ムッシュー・マネも求めに応じ、二人は固い握手を交わしていた。

「うれしいな。今、四方八方から散々悪口を聞かされて参っていたところだよ。君のような味方がいて心強い。そうそう、アンリとね、君の水の表現は素晴らしいと話していたんだ。この、わずかに濁って泡立つ波、それから海岸から引いていく水の透明で滑らかなこと! 一口に水と言っても、実に豊かな表現だ」

「ありがとうございます!」

クロードは本当にうれしそうな顔をした。絵を描く者同士の表現にまつわる会話。カミーユはちょっと淋しい気もしたが、クロードの笑顔が何よりうれしかった。

「君も一度、僕のアトリエに遊びに来ないか。バティニョル街にあるんだ。いろいろと面白い面々が顔を出すよ」

「ぜひ! ぜひ、伺わせていただきます。あの、あなたを尊敬する僕の仲間たちも連れて行っていいでしょうか」

「何人でも。ただし、アトリエに入り切ればの話だけどね」

ムッシュー・マネはいかにもパリジャンらしくウィンクをした。

帰り道、クロードの興奮はまだ冷めないようだった。カミーユも、マネの行き届いた紳士ぶりには感心した。アトリエに遊びに行く約束を交わすと、ムッシュー・マネは言ったのだ。

「ところでそちらのお嬢さんは?」

「僕のモデルを務めてもらっています。カミーユ・ドンシューです」

ムッシュー・マネは優雅なしぐさで手を差し出した。カミーユはどぎまぎしてしまって、ムッシューの手に軽く触れると、

「カミーユ・ドンシューと申します」

と軽く足を折ってお辞儀をするのが精一杯だった。ムッシューは

「かわいいお嬢さんだ。彼女を描いた絵も観てみたいね」

そう言って、少しだけ意味ありげな視線をクロードに投げたけれど、それ以上は何も言わなかった。

歩きながら、クロードが何も話さないので、カミーユも考え事をしていた。

『オランピア』を観たこともない裸婦だと感じたのはなぜだろう? あの裸婦には"肉感"がない。胸の丸みや肌の柔らかさをことさらに強調するような見慣れた陰影が付けられていなかった。そして何よりあの表情。

「ええ、何も着ておりませんが、それが何か?」

とでも言うような、微かに挑みかけてくるまなざし。裸婦像で見慣れた煽せんじようてき情的な恍惚の表情でも、恥じらいを含んだ笑顔でもない。

「今は裸でいることが自然なの」

とでもいった顔が、ただ「見慣れていない」というだけで違和感を覚える一番の原因だと思った。