天衣無縫 人は天使にはなれない
年を取ると人は子どもに返る。子どもも老人もみんな天衣無縫、無邪気で可愛くて、憎まれ口なんか叩かない。そんな風なら良いのにな。幼児の屈託のない笑顔と笑い声、昔話に登場するような優しい方のおじいさんとおばあさん。そんな家族に囲まれて生活したいな。
でも現実は違う。だから私たち、お世話する世代の人には忍耐が必要になる。父が生前よく言っていた。
「生き過ぎた。あんまり長生きし過ぎた。雪山にウイスキーの小瓶を持って行ってお酒を呷(あお)って早くあの世に行きたいもんだ」
「何言ってるのおじいちゃん、小瓶じゃそんなに簡単に眠れないわよ。お酒強いんだから」
なんて私はさらっと言うものの、父からこの言葉を聞くことが大嫌いだった。まるで「扱いが悪いから早く逝ってしまいたい」「こんな毎日耐えられないから、とっととお迎えに来てほしい」、そんな風に責められているような感じがして辛かった。父は、ただ友人や弟に先立たれ寂しかったのだろうし、日々痛感する体と頭の衰えを悲観して弱気になっていただけだったのだろう。
その一方「大変だ、薬が無くなった」「この薬はちっとも効かない」「歯のかみ合わせが悪い。今から病院に行こう」と、待ったなしの要求を突き付けてくる。薬を数日飲まなかったところで、それこそ「お迎え」なんか来ないだろうに、そこはまた話が違うらしい。「死にたい死にたい=生きたい生きたい」に他ならない。